少年時代から合気道

  今も大本本部で心の修行


 スティーブン・セガールさん(俳優・米国)




 明智光秀の居城があったところでしょう、亀岡市の大本本部は。何年かぶりで訪れましたが、いつ来てもここではやはり霊的な、何か神秘の力を感じるなあ。口丹波は私にとって、聖なる場所なんです。

 米国で生まれ育ちました。ロサンゼルス近郊で合気道を日本人の師から学び、「やはり合気道の母国へ行こう」と1974年10月に来日しました。小さいころから武道に惹かれ、空手や剣道などの稽古(けいこ)にも参加していました。

合気道の合宿で稽古をつけるスティーブン・セガールさん(1977年9月・亀岡市の大本本部「鳳雛館」)
 米国にいたころから合気道の創始者、植芝盛平先生の著作で出口王仁三郎氏のことは知っていましたが、大阪で稽古に励んでいたころのことです。心斎橋で開業していた鍼灸師の故御井葆(みいしげる)先生に出会ったのが直接のきっかけで、亀岡の大本本部を時折訪れるようになったんです。

 初めて亀岡に行った時は感激しました。大本本部では、不思議な力を感じながら礼拝所の月宮宝座の周辺を散策したり、ひとりでめい想していました。

 76年2月8日、私は阪急京都線十三駅近くに道場を開きました。当時の故出口直日(なおひ)教主に「天心道場」と命名していただきました。当時の私の弟子は8割が外国人。大阪にある領事館などで働く人ら約20カ国から200人ぐらい集まりました。

 道場開きでは、出席した人たちから「スポーツ化した合気道だが、日本人以上にその心を理解し、大切にしている」と評されてうれしかったものです。

 私自身、「合気道は諸刃の剣である」という植芝先生の言葉にひかれます。合気道を極めるには、心の修行が大切です。武術だけやればいいのではないんですよ。

 77年9月には道場の弟子約40人を連れて、大本本部の武道場「鳳雛館(ほうすう)」を会場に、2泊3日で合宿しました。もちろん私が稽古をつけたのですが、日本人以外の弟子も参加していたので、稽古の合間には茶道、書道といった日本の伝統文化にもふれる機会を設けました。

 若い人たちにメッセージを送るとすれば、もっと心の修行をすることだね。繰り返しになるけれど、何事も武道と同じ。表面的なことにとらわれずに物事の本質に迫ってほしいな。(2003.1.19 掲載)

 スティーブン・セガール  1950年米国ミシガン州生まれ。少年時代から合気道などを学ぶ。来日して、大阪市で「天心道場」を開く。その後、俳優として映画「刑事ニコ法の死角」「沈黙の戦艦」などのアクション作品がヒット。ロサンゼルス在住。

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