(八の五)



 淳和天皇御火葬所

 城跡から物集女街道をさらに南下していくと、車塚住宅前のバス停を過ぎたところに淳和天皇の火葬所がある。平安時代の承和7年( 840)5月13日、淳和天皇の火葬が「物集村」で行われたことが『日本紀略』という昔の書物に記されている。淳和天皇は死に臨んで、葬儀を簡略にすること、また自分が死後、鬼となってとりつかないように、骨を砕き、粉にして山中に撒まいてほしいと言い残された。これに従い、天皇のお骨は砕かれて大原野西山にまかれた。




 火葬所の背後

 火葬された場所には、空堀を巡らせた四角い古墳が築かれた。それがこの火葬所といわれている。


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