(八の六)



 物集女車塚古墳

 街道を物集女町南条まで来ると、道の右手に小高い丘のような土盛りのあるのが分かる。これは「物集女車塚古墳」といわれる6世紀前半ころの前方後円墳。車塚という名は、先に紹介した淳和天皇の柩を運ぶ車を埋めた塚だとの言い伝えによっている。

 昭和元年(1926)物集女街道の拡張によって、古墳前方部の一部が削られたが、現在残っている部分の全長は45メートル、後円部の直径は28メートルもある大きな古墳。古墳全体に芝生が敷かれ、説明板も完備しており、古墳公園として整備されている。





 古墳の排水溝

 古墳の横の方には、柩を納める部屋(玄室と呼ぶ)から延びる古墳築造当初の排水溝が露出しており、この排水溝は今も十分機能していると、説明板には記されている。


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