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奈良放火殺人事件の本めぐる公立図書館の対応 知る権利か 人権か

丹波総局・西川邦臣

 奈良の医師宅放火殺人事件を題材にした1冊の単行本をめぐり、公立図書館の対応が分かれている。多くの館が一般の本と区別なく閲覧や貸し出しを行っているのに対し、亀岡市立図書館は本の内容が人権侵害にあたる可能性があるとして閲覧、貸し出しとも行っていない。税金で運営する館として、市民の知る権利を守るべきか、プライバシーを尊重するのか。今回のケースは公の図書館に難しい課題を突きつけた。

図書館によって取り扱いの判断が分かれた「僕はパパを殺すことに決めた」。亀岡市立図書館は除籍扱いにし、事務所に保管している
 問題の単行本は、元少年鑑別所法務教官のフリージャーナリスト草薙厚子さんの著書「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)。昨年6月に起きた事件を題材に、中等少年院送致になった医師の長男の精神鑑定書や捜査段階の供述調書を引用して、医師や長男らの心理状態などを詳細に描いている。

 この単行本をめぐっては、東京法務局が7月に「少年の社会復帰に悪影響を与える恐れがある」などとして、出版元と著者に増刷中止などを勧告。調書が長男を鑑定した精神科医などから著者へ漏れた疑いも出ているが、日本ペンクラブは「表現の自由を踏みにじる」として、法務局の勧告に抗議している。

 亀岡市立図書館は7月初旬、市民からの要望を受けて単行本を1冊購入した。閲覧開始に向けた準備中に、職員が東京法務局の勧告を報じる新聞記事を見つけた。館内で協議した結果、「法務局の勧告の趣旨を尊重し、人権侵害のおそれがあると判断した」(中澤猛館長)。購入した単行本は一度も表に出すことなく「除籍」扱いにした。

 一方、亀岡市を除く府内の図書館は、単行本を特別扱いせず、閲覧や貸し出しを行っている。「いったん受け入れた図書に閲覧中止などの制限を加えるのは、極めてまれなケースに限られるべき」(京都市図書館)というのが主な理由だ。

 なぜ、図書館で判断が分かれたのか。実は、亀岡市も他の館も、同じガイドラインを判断の根拠にしている。国内の図書館2800施設が入会する「日本図書館協会」(東京都中央区)が1979年総会で決議した「図書館の自由に関する宣言」だ。

 宣言は、図書館は知る自由をもつ国民に資料と施設を提供することが最も重要な任務とうたい、「資料収集の自由」「資料提供の自由」「利用者の秘密保護」「検閲反対」を掲げている。京都市など多くの館が「資料提供の自由」を根拠にしたのに対し、亀岡市は同じ項目の中に挙げられている制限理由「人権またはプライバシーを侵害するもの」に該当すると判断した。

 協会は「資料の収集、提供はそれぞれの図書館が自主判断するのが大原則」とした上で、図書館が制限し得るのは、頒布差し止めの司法判断があり、それが図書館に通知され、被害者が提供制限を求めた場合との考えを示す。どちらの判断が正しいかは「是非を問うことはできない」とするが、松岡要・協会事務局長は「判断以前に購入する本や閲覧・除籍の基準を公開しているかが問題」と強調する。

 亀岡市の場合、市民からの要望を基本に、職員が購入する図書を選んでいる。他の館もおおむね同じ手順で蔵書をそろえており、職員の「良識」に任されているのが実情だ。閲覧にふさわしいか否かの問題が出た場合「内規に沿って職員が協議して対応を決めている」(中澤館長)が、その基準や手続きは公にしていない。今回のケースでは、たまたま職員が新聞記事で法務局の勧告を見つけたことが除籍の判断につながったが、単行本を区別せずに取り扱っている館の中には「正直、問題になっていることを知らなかった」と打ち明けるところもあった。

 2001年8月には、千葉県船橋市内の市立図書館で、職員が独断で特定の思想を基に本を除籍・破棄する事件が起き、最高裁が違法性を認定している。除籍の基準や手続きが不明確では、こうした職員による「検閲」にもつながりかねない。サービスの受け手の住民にわかりやすく基準や手続きを示し、運営の透明性を高める努力が求められている。

[京都新聞 2007年10月2日掲載]

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