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在日元政治犯、母国で再審無罪 「負の遺産」封印の動き

南部支社・渋谷哲也
対共捜査部門が置かれた韓国中央情報部の本部別館(2005年2月、ソウル・南山)

 昨年10月、在日韓国人の康宗憲さん(59)から自伝を出版したとの連絡を受け、京都市西京区の自宅を訪ねた。そのとき、ハングルで書かれた用紙を見せられた。「事件はでっちあげだったとする韓国政府の調査委員会の決定書です」

 その「事件」は、1975年までさかのぼる。康さんは母国のソウル大で学びながら民主化運動に参加した。当時は朴正煕大統領の独裁政権で、治安機関が国民を監視、弾圧した。康さんはある日突然連行され、激しい拷問を受けた。「大学に浸透した北朝鮮スパイ団」の主犯とされ、77年に死刑判決が確定した。

 13年間の獄中生活の後、政局の変化で88年に仮釈放された。長い年月を過ぎて届いた決定書は「不法捜査でスパイ行為をでっち上げ、重刑を宣告した重大な人権侵害事件」と断じた。

 昨年以降、韓国で北朝鮮スパイとして摘発された京都市、神戸市、奈良市の在日元政治犯の再審無罪判決が相次いでいる。拷問や脅迫による違法捜査、不法監禁で虚偽の自白を強いられた人たちだ。

 韓国では70〜80年代、中央情報部(KCIA)や軍保安司令部が、多くの在日韓国人を「日本を経由した北のスパイ」として摘発した。民主化運動の弾圧が目的だったとされる。今の韓国からは想像も付かない社会情勢がほんの30年ほど前まであった。康さんの再審を取材しながら、6年前に訪れた韓国を思い出した。

 日本で金大中拉致事件も引き起こしたKCIAの本部は、ソウルタワーがそびえる南山(ナムサン)のふもとにあった。

 後身の国家安全企画部時代の95年に本部は移転したが、複数の施設跡がまだ南山一帯に点在していた。本館には市の施設が入居していた。受付で「北スパイの摘発はあっち」と教わった近くの別館は実に薄気味悪かった。対共捜査部門の拠点として、地下で水責めや電気ショックなどの拷問が日夜行われたという。

 今、本館跡はユースホステルに生まれ変わっている。

 日本語案内もあるホームページは、恐怖政治の代名詞「南山」の歴史には触れていない。韓国の報道によると、ソウル市は南山の旧施設を撤去して緑地にするという。ユースホステルも賃貸期間が過ぎれば撤去するといい、市民団体や識者から「負の遺産」の保存を求める声が上がっていることも伝えていた。

 再審に臨む元死刑囚の康さんは、李明博政権になって政治の風向きの変化を感じている。再審を勧告した政府の調査委員会は昨年6月、康さんの調査報告を最後に活動を終えた。再審無罪判決を受けた3人のうち、神戸と奈良の男性は検察側が控訴、上告した。

 「過去にふたをしたいのか」。神戸の男性は上告にそう憤った。日本でも韓国でも、権力者は負の歴史、遺産を封印したがる。犠牲者はいつも力のない個々人。ようやく光が当たったと思えば、再び闇が忍び寄る。

 「『民主化』は常に肥やしを与えないと後退する」。日本から発信する康さんのメッセージは、非常に重たい。

[京都新聞 2011年2月9日掲載]

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