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南禅寺・岡崎界わい邸宅群 「京都の秘境」生きた継承を

文化部 樺山聡
戦前に京都市に寄贈され、常時公開されている無鄰菴。東山を借景にした空間に身を浸すことができるが、こうした例はごく少ない(京都市左京区)

 いまや名もない細い路地にまで遠い国から人々が観光にやって来る京都で、「最後の秘境」と言われる場所がある。南禅寺・岡崎界わい(京都市左京区)にある邸宅群だ。明治時代、政財界の有力者たちによって東山の峰々を借景として築かれ、ほとんどが民間所有のため一般公開されていない。近代京都を物語る貴重な空間だが、なかには人知れずその価値が損なわれかけたケースもあり、民有地ゆえの維持・保存の難しさをあらためて感じる。

 かつて広大だった南禅寺の寺領は、明治初期の社寺上知令で大半が没収され、民間に払い下げられた。琵琶湖疏水の整備に伴い大規模な工業地化計画が持ち上がったが実現には至らず、風致保存の機運の中で別荘地化が進んだ。 

 現在、60はあるとされる邸宅と庭園の多くは、所有者の変遷を経てきた。中でも数奇な運命をたどったのが「何有荘(かいうそう)」だ。明治期には実業家稲畑勝太郎の別邸だったが、戦後、酒造会社社長の手に渡った。2005年には占有者による売却話を装った詐欺事件の舞台にもなった。今は米大手ソフトウエア会社の創業者が所有している。

 親日家で知られ、7代目小川治兵衞が手掛けた広大な庭を大切にしているそうだ。ただ、敷地内にある洋館はお気に召さなかったようだ。近代を代表する建築家武田五一(京都工芸繊維大教授)の設計だが、13年、同大学への移築が決まった。すでに解体され、来年中に移築予定という。

 準備担当の矢ケ崎善太郎准教授は「費用はほぼ所有者負担で、保存に協力的」と話す。理想を言えば元のまま受け継がれるべきかもしれないが、指定文化財でない建物が、設計者ゆかりの大学で維持される今回の例はむしろ幸運だ。人知れず消えていてもおかしくなかっただろう。

 外部の目に触れないまま邸内が荒廃した例もある。「對龍山荘(たいりゅうさんそう)庭園」は薩摩藩出身の実業家が建て、呉服商が100年にわたって所有、さらに人手を経て5年前に家具量販大手ニトリの保養所になった。同社によると、山荘買い取りの話が同社に持ちかけられたのは、以前の所有者に管理の余裕がなく庭園が荒れたためという。

 購入後、同社は庭園を手入れして一般に公開した。しかし今は得意客や研究者らに限っている。大勢を受け入れるとどうしても内部の傷みが進むからだ。入場料収入を得たとしても、それ以上に支出が増えかねない現実がある。

 近代の粋人が京都の自然と四季を味わうために最高の技術を集めて実現した邸宅群は、所有者だけのものではない文化的価値を持っている。一方で私的な休息や迎賓の空間でもあり、適度に更新の手を加えられてこそ輝くとも言える。所有者の裁量にある程度は委ねつつ、孤立した「秘境」にはしない。難しいが、柔らかく守る仕組みを築きたい。

[京都新聞 2015年3月25日掲載]

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