ウワノソラの日々

(99)「スバラシキ創作」

 アガサ・クリスティの推理小説『バグダッドの秘密』の主人公ビクトリアは、実に魅力的な女の子である。どこがかというと彼女は、嘘をつくことが天才的に上手なのだ。

 仕事を怠けているのが雇用主に見つかった瞬間、「現在母が重病で臥せっており、その看病に明け暮れていて、疲労と心痛で心ここにあらずだった」という絵に描いたような文句が、しかも何の恥じらいもなくすらすらと口をついて出る。職を得るための経歴詐称など朝飯前、肩書も偽名も幾とおりも考えることができ、ひとつ「創作」を行った場合は、その作品を裏付けるための下工作も怠らない。「あたくし、○○と申します(もちろん偽名)。保証人は××のハミルトン卿ですわ。もしお雇いになるのに不安がおありでしたら、お問い合わせ下さってもよろしゅうございます。卿のお電話番号は○○。卿はお忙しい御方ですから、ご不在がちかと思いますが、表向きの御用は秘書のミス・ハーヴェイで事が足りますわ」と、自分の電話番号を相手に告げ、家に帰ってミス・ハーヴェイとなり、面接官からの電話がかかってくるのを待つのである。こんな文句を思い浮かべながら。「ええ、今どき珍しいくらいよくできた女の子でしたよ。タイプも速いし、礼儀作法も完璧で。お母さまの看病がしたいと言うんでやむなく暇を出したんですけど、本当を言うと今の人のかわりにもう一度来てもらいたいくらい」

 この才能のおかげでビクトリアはロンドンから、当時(今世紀初め)としては地の果てとも思われるぐらいの辺境の地・バグダッドまで行く羽目になり、しかもその地で国際的スパイ組織の、世界を股に掛けた大がかりな陰謀に巻き込まれ、予期せぬ大冒険に挑むことになるのである。この作品は、作品そのもののできはあまり素晴らしいとは言えない随所に無理や矛盾があったりするのだが、そのいずれも、とにかくこの回転の速い嘘つき娘・ビクトリアの魅力の前にはどうでもよくなり、読み手もいつのまにやら彼女と一緒にドキドキハラハラ、謎のオリエンタル世界にのめりこまされてしまう。

 ビクトリアの魅力は、嘘つきの天才ということである。だが、それは単に技術的見事さのゆえ、というわけではない。彼女は、やむにやまれぬ事情からではなく、とにかく「楽しんで」嘘をつくのである。だからしばしば、彼女のこの才能は、必要もないのに発揮されてしまう。仮に遅刻に、「電車のストライキ」という正当な理由があったとしても、彼女は「それを聞いた人の驚く顔を見たいばかりに」、そのまっとうな理由を捨て、家を出た途端に悪漢に襲われ、薬品を嗅がされ、気がついたら古ぼけた空き家に閉じ込められていたが、何とか機転をきかせて脱出してきた、というような大がかりな理由をでっち上げてしまうのだ。こんなわけだから嘘をつくとき、ビクトリアはそこに何程の罪悪感も抱かない。そしてつまり、この部分が彼女の嘘の魅力なのである。本人がそこに忸怩たるものを感じてしまえばもう、嘘はただのちっぽけな悪事になってしまう。ビクトリアの嘘が楽しいのは、それがウェットな感覚とはまったく無縁だからである。

 嘘をつくのは悪いことだし、できればやらないに越したことはないけれども、もしそれが誰にも(さほど)迷惑をかけないもので、そして創作する本人がそれを楽しんで作ったものであれば、その嘘はけっこう日々を潤す、素敵なものであり得るかもしれない(たとえばあの「ライフ・イズ・ビューティフル」のように)。日本人やその代表者が国際舞台を苦手とするのは、その多くがあまりにもまじめすぎるからであって、こういうしゃれた嘘がつけるようになれば、そのへんもけっこう変わっていくように思われる。

 ちなみにわたしも、「創作」にあまり罪悪感を感じない人間の一人である。ときどき、「この人にはどこまでほんとのこと言ってたっけ?」の部分で悩むことはあるが。

(27/Oct/2000)



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