千年の歴史を持つ京都には、たくさんの風雅で奥深い文化があります。和菓子もそのひとつです。食べておいしく、見て美しく、その背後には豊かな歴史や人々の暮らしが息づいています。さまざまな菓子舗を切り口に、京都の歴史や文化、街の表情を探っていきます。
今回のお菓子

<お店>御洲濱司・植村義次 京都市中京区烏丸通丸太町西常真横町193 TEL:075(231)5028 <菓子>押物

(1)すはま
 江戸前期・明暦年間創業の「御洲濱司」、現当主の植村義次さんで14代目。店内に一歩入ると、それだけで豆のすばらしい香りが漂う。洲濱(すはま)とは大豆を煎って粉にし、飴などを混ぜて練り上げた菓子。しっとりとやわらかく、豆の風味が香ばしい。「すはまだんご」と呼ばれる赤・黄・緑の三色団子などをよく目にするが、本来の形は竿物。切り口を、円を三つ重ねたいわゆる「洲浜型」にする(写真1)。洲濱だけを作る菓匠はかつては何軒かあったというが、現在ではこの1店のみ。

 大豆を炒るのはきな粉も同じだが、きな粉より一段と浅く炒った「洲濱粉」を使う。香ばしく、豆の風味がよりしっかりと感じられ、豆好きにはたまらない味である。

《現当主オリジナルの逸品》

(2)桜の押物(完形)

 この洲濱のほかに同店では毎月、「押物(おしもの)」という季節の菓子を作る。薄く延ばした洲濱生地で季節の模様を作り、落雁の地に象嵌(がん)のようにはめこむ。20年前、現当主の植村さんが編み出した一世一代の「作品」。落雁に洲濱をはめこむという手法自体も凝ったものだが、デザインが実に独創的。和菓子でありながらどこか、現代美術の趣すら感じさせる(写真2)。

(3)桜の押物(バラ)

 たとえば写真の「桜」。12cm×12cm。これに18等分の切れ目が入り、1片(4cm×2cm)はちょうど西洋双六の牌(パイ)や、桃山時代の南蛮カルタなどを思わせる長方形になる。すべての片が違うデザインになる。この抽象絵画のようなしゃれた「切り方」がうまい(写真3)。製作途上での完形はこの1枚が4つつながった形である(写真4)。

(4)椿の押物

《意匠と色鮮やかさの妙》

 この菓子は模様となる洲濱生地の鮮やかな色が決め手。が、これがなかなか簡単ではない。洲濱生地のもともとの色は大豆の黄色、寒色系などは染めにくい。一番難しいというグレーの場合、まず地の黄色を青色に染め、これを濃い紫色に変え、そこから少しずつ色を抜いていく。グレーはこの「抜く」段階で一瞬だけ生まれ出るのだという。難しいが、夏のかきつばたや朝顔の模様にこのグレーが入ると、全体が実に艶やかに見える。

(5)「御洲濱司・植村義次」店構え

 この洲濱生地の模様も単に、落雁の上に置くのではない。一番下に模様を置き、上から落雁を流し込んで固めるのである。こうすることで表面 が完全な平面になり、デザインがいっそう美しく映えるという。作業そのものは一瞬の勝負。洲濱と落雁が分離しないよう、「百メートル走を走る感じで」一気に作る。

 植村さん自身も美術好き。ヨーロッパの風にあこがれてエッチングや版画を手がけ、京展で市長賞を受けたこともある。その後、現代美術や映像表現も手がけた。「押物」の斬新なデザインはその素地のもとに創り出される。「洲濱が地味なので、なにか華やかなものをと思い」試行錯誤の果てに生み出したというが、古代から続く「洲濱」と現代芸術のような「押物」の対象の妙はすばらしい。

 「新しいのを作るのは難しいけれど、難しさがなければまたおもしろみもありませんし」と植村さんはやさしい口調で言う。明暦創業という暖簾(のれん)を守りながら、その感性や切り口は伝統の世界にとどまらない。同店のある烏丸丸太町はビジネス街。周囲の店舗の入れ替わりが激しいなか、同店の古風なたたずまいはなんとなくほっとできるものだが、その店頭に毎月飾られる「押物」の宇宙は深く、新しい。

これまでに紹介したお店
塩芳軒  ・とらや ・鶴屋吉信 ・いなりや ・俵屋吉富 ・粟餅所・澤屋 ・末富 ・鶴屋弦月 ・芳治軒 ・鶴屋寿 ・先斗町駿河屋 ・一和 ・菱屋 ・おせきもち ・川端道喜 ・水田玉雲堂 ・老松 ・桂飴本家 養老亭 ・能登掾 稲房安兼