千年の歴史を持つ京都には、たくさんの風雅で奥深い文化があります。和菓子もそのひとつです。食べておいしく、見て美しく、その背後には豊かな歴史や人々の暮らしが息づいています。さまざまな菓子舗を切り口に、京都の歴史や文化、街の表情を探っていきます。
今回のお菓子

<お店>鶴屋弦月 京都市東山区本町14丁目 TEL:075(561)0627 <菓子>早春の菓子
(1)鶴屋弦月の店構え。渋めの紅色がしゃれている

 旧暦2月15日は釈迦入滅の日。そこで新暦3月15日前後は、各寺で月遅れの「涅槃会」が営まれる。京都では東山の東福寺・泉涌寺の涅槃会が有名。十数メートル四方の巨大な「涅槃図」が一般公開され、静かな洛東の地に、ひとときの賑わいが生まれる。

 その東福寺の門前を走る本町通。鶴屋弦月はこの通りに、落ち着いた紅色壁の店を構える(写真1)。壁には屋号にちなんだ月型の窓がくりぬかれる。月はこのあたりの地名「月輪」にもちなむ。平安時代、この地に屋敷を構えた摂関家のひとつ九条家は「月輪殿」と称された。その九条家や東福寺・泉涌寺にも出入りする、小さいが格調を感じさせる店である。

《有平糖の妙技》

(2)有平糖の春物尽くし

 見本窓には色とりどりの飴菓子(有平糖)が並ぶ。チョウやツクシ、ワラビと春物尽くしである(写真2)。色合いも美しいが形の洗練がみごと。たとえば赤と緑の帯を二つひねって並べると、それだけでちゃんと「お雛様」とわかる(写真3)。

(3)内裏雛をかたどった有平糖

 有平糖は飴を高温で煮詰め、冷ましながら何度も引っ張って伸ばし、空気を含ませつつ形を作る。どこまで煮詰めるか、どこで形にするか、経験と勘の勝負である。扱う人の手の温度も影響するといい、体温の高い若い人より年配の職人のほうが作りやすい。色づけもまた一瞬の勝負。失敗するとやり直しはきかない。菊花ひとつとっても花びら一つ一つを別 々に作る(写真4)。小さいが、たいへんな技である。

(4)菊花の有平糖
 「最近は飴細工のできる職人さんも減ってきました」と主人の東元憲正さん。だが「作るのはすごく楽しい」と微笑む。自分だけの形、色を工夫して作り出す。鮮やかな色、美しい艶、考え抜かれた形はまさに京菓子の頂点。有平糖は茶席にも不可欠。茶席の菓子は必ず生菓子と干菓子を組み合わせるからである。同店にもまた、茶人のお客が多い。

《春の優しさをあらわす》

(5)わらびもち「春風」の断面。黄緑の餡がやさしい色合い

 東元さんは干菓子も生菓子も、とにかく「他にないものを」と考えているという。たとえばわらびもち。普通の店のものは中の餡が黒いが、ここでは白餡を淡いウグイス色に染めた(写真5)。黄緑の色目が薄皮に透けて見え、ふわりと明るく、春めいて見える。菓銘は「春風」。

(6)渋い緑色を二色に染め分けた「若草」

 渋い緑色の茶巾しぼり「若草」(写真6)。濃淡二色の染め分けが美しい。この緑色はよもぎで出す。粒餡の玉 を白餡でくるみ、さらに、よもぎを砂糖で炊いてこなしと混ぜて包む。切ると中に三層の重なりが現れ(写真7)、口にすると、よもぎのほろ苦い香りとともに、葉のシャリシャリした感じが心地よい。「炊いてる間もよもぎのええ香りがします」。まさに春の野そのものの菓子である。

(7)「若草」の断面。三色のこったつくり

 きんとんの「三千歳(みちとせ)」(写真8)。この淡いピンクと緑は桃をあらわしたもの。ピンクにかすかな白が春霞のようにふんわりとかかる。先にピンクの生地を作っておき、つくね芋の餡を重ねて裏ごしすると、二色が完全には混ざりきらず、やわらかな風合いが生まれるのだという。葉の黄緑色もよく映える。春先は黄色味を強くしたほうが、菓子がきれいに見えるのだという。

(8)きんとん「三千歳」。ピンクと黄緑で桃をあらわす

 「菓子の色はすべて自然を写して作る。普段からとにかく自然の色をしっかり見るようにしています」。本町通に大きな桃の木があり、春先に満開の花を咲かせる。東元さんの作る桃のきんとんは、その優しい色を写したものか。鴨川東岸の地。東福寺も泉涌寺も、堂々とした屋根の連なりが、京都の街中とはまた違う伸びやかさを見せる(写真9)。その東山の風土を映したような、優しい風合いの菓子を作る店である。

(9)のびやかな東福寺の伽藍

 

これまでに紹介したお店
塩芳軒  ・とらや ・鶴屋吉信 ・いなりや ・俵屋吉富 ・粟餅所・澤屋 ・末富 ・御洲濱司・植村義次 ・芳治軒 ・鶴屋寿 ・先斗町駿河屋 ・一和 ・菱屋 ・おせきもち ・川端道喜 ・水田玉雲堂 ・老松 ・桂飴本家 養老亭 ・能登掾 稲房安兼