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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

時代祭 3

行列支える装束づくり

黒田勝也さん

 京都御苑南側の堺町御門、丸太町通をはさんだその南側に、古い構えの装束店がある。伝統服飾工芸協同組合理事長黒田勝也(76)の店舗だ。

 店にはいると、奥に12畳ほどの作業場がある。そこでは、鮮やかな緋(ひ)色の布が広げられ、衣装の仕立てが行われている。作業をするのは黒田の弟弘毅(62)。時代祭で黒田が担当する藤原文官列の「殿上人が身につける束帯の袍(ほう)」を仕上げている。今年新調されることになった衣装のひとつという。

 時代祭を有職(ゆうそく)故実や、歴史、民俗学の視点から厳格にチェックし、「本物」を守り続ける学者の知識。その一方に、そうした知識を現実のものとして再現していく京伝統の匠(たくみ)たちの技がある。それを担うのが通称「六選会」といわれる同組合を構成する老舗七軒のメンバー。各時代の装束、調度、武具甲冑(かっちゅう)に通暁した超プロフェッショナル集団だ。

 会代表の黒田は、創業が江戸初期と伝わる老舗の18代目。祭りでは「藤原公卿参朝列」と「平安時代婦人列」が担当。平安時代の装束づくりと衣紋(着付け)を専門に行う。

 「時代祭ほど多くの装束や甲冑が使われる祭りはありません。しかも、素材からつくり方まで、すべてが本物」。六選会の伝統技術伝承に時代祭の果たしてきた役割がいかに大きいか、黒田はつくづく思う。

加藤敏晃さん

 後を継ぐ長男の幸也(45)も「袍の首穴(丸襟)の高さにしても、藤原時代は前が八分、後ろが一寸二分と、厳格に再現します。通常の場合だとぐるっと五分で簡単に仕上げるところです。コストがかかっても本物、という時代祭がなければ、この首穴をつくる技は消えてしまう」と、同祭がいかに技術保存につながっているかを話す。

 「時代祭に奉仕し、伝統の技を残していくのは、京都の伝統工芸に携わるものの責務でっさかいね」と、黒田は言葉を継いだ。

 維新で東京と2店に分かれた京都の店を守り、会の副理事長を務める加藤敏晃(70)。延暦時代を担当するが、同じ感慨を語る。「通常は、全国の神社関係の仕事をいただいていますが、時代祭は格別です。例えば150そろい近くある時代祭の鎧(よろい)修理を通じてだけでも、技術伝承につながる大変な勉強ができるんですよ」

山川悠久さん

 六選会の今の大仕事は、来年登場する予定の室町時代をテーマにした列の装束づくりだ。

 親類の装束店を継ぎ、時代祭で織田と楠公両列を担当している山川悠久(65)は、加藤と一緒に鎧や武具を主に「室町将軍列」(仮称)の装束を担当。今に残る数少ない画像を参考に、正確、詳細な将軍列再現をすすめる。

「矢の一本一本から画像と違わないように、と厳しく作業を進めている。矢羽根も、ワシなら難しかったが、タカのものと確定でき、なんとか本物の再現ができそう。職人さんだけでも、実に2-30人はくだらず、ほんとうに大きな仕事です」と山川。苦労と興奮が言葉の端々に表れる。

 昭和43(1968)年の白川女献花列以来、約40年ぶりの新しい列。伝統の匠らの手で、実現に向けた作業は、今、急ピッチで進んでいる。

(敬称略)

[京都新聞 2006年10月4日掲載]