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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

東山ライトアップ 2

青い慈光と夢幻の紅葉

 東山の山中から遠く西山上空に向け、青い光明が夜の京都を貫く。すっかりおなじみになった京都市東山区、清水寺の「観音慈光」。境内三重塔から、まるで京都の街を照らすかのように見えるこの青い光が、清水寺夜の拝観の象徴だ。

 奈良時代に開山したと伝わる清水寺には、千日詣(まい)りという、特定の日に夜参りすれば、千日分のご利益があるという行事があった。しかし、明治初年の廃仏毀釈(きしゃく)と第二次大戦によって、この行事はすっかり廃れてしまった。

森孝忍さん

 「なんとかして千日詣りを復活できないか。長い間のこの思いが、夜の拝観につながった」と思い返すのは、同寺の法務・庶務部の部長森孝忍(62)だ。もちろん、どうすればいいか、ノウハウも何もあったわけではなかった。「昔の千日詣りを想像してみると、須弥壇(しゅみだん)の上にろうそくが10本ほど置かれて、それがぼうっと観音様を照らす神秘。現代では、それを外部にそのまま出したらどうか」と森。

 昭和62(1987)年の三重塔の落慶で塔をライトアップした経験があった。テレビ中継の際、闇の中に浮き上がる本堂の舞台を見て、いい雰囲気だなあと感じてもいた。「電気照明を使ってみよう」と森。平成4(1992)年のことだった。

 このアイデアを、同寺門前で参拝者相手に土産物など販売する50店舗の「門前会」とその女性ばかりの会「沙羅の会」が、後押しをした。門前会は、元々檀家のない清水と一心同体となって、支援、協力してきた。

 夜の拝観の話を聞いた会長の田中博武(61)は「会で、日ごろから警備をやっていたし、建都1200年も目前で、なにか必要でもあった。いいアイデア、やろうと思った。この年の4月3、4、5日の3日間、そろいの法被着ましてねえ、電源車持ち込んでスタートしたんですよ」と話す。

田中博武さんと良子さん

 この年は桜が満開。参拝に来てくれるだろうか−。お寺や門前会の心配は杞憂(きゆう)だった。「一晩でなんと5000人以上、いや、ものすごい人で、舞台から落ちるのではないかと怖かったですよ。しかし一方で、これは成功だと思いましたね」と田中。翌年の春の試行も大盛況。この結果を受けて、清水寺はその年、秋も夜間の特別拝観に踏み切った。

 「闇に浮かんでいるような舞台、紅葉が昼とは全く違う美しさで彩られ夢のよう。なんだか飛べそうな気がするほど幻想的で、誰かそんな気にならないかと、怖いほど」と沙羅の会会長田中良子(60)。強力な支援を続けた。そして14年。「心配をよそに、春も秋も、特段の事故もなくよく続いてきた」

 秋2週間、春3週間にそれぞれ土日を加え、午後6時半から3時間公開される夜の清水。そこには、同寺年間拝観者の一割にあたる40〜50万人もの人が訪れ「夜も東山」を先導し定着させた。

大西真☆さん

 「ハイテク化や芸術的なことがいくらでもできそうな気がするが、それは全く考えていない」というのは、清水寺執事長の大西真☆(58)。「5%程度のプロやセミプロをうならせるようなものより、95%の素人の人たちに認めてもらうものをずっと続けて行く。京都になくてはならない行事が、われわれの目指すところ」と大西は言い切る。今年も11日から、秋の特別拝観は始まる。(敬称略)

☆は「興」の左上が「リ」

[京都新聞 2006年11月7日掲載]