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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

京の師走

錦市場 2

 東は寺町通から、西は高倉通まで、総延長390メートル。道幅5メートルから3・2メートル、各戸に供給される豊富な地下水がその下を走る石畳の通路をはさみ、南北に126軒(12月1日現在)もの店舗が軒を連ねる。これが錦市場の外観だ。

 江戸時代から脈々と続く老舗や野菜、鮮魚の専門店、平成になって、食堂を兼業するなど新しい業態にチャレンジする食材の店…。古いままのような錦の市場だが、実はシビアに時代と向き合い、動いている。

木村哲三さん

 柳馬場通の西にある老舗の鮮魚店。「はーい、いらっしゃーい、いらっしゃーいっ!」と従業員らの呼び込み。ひっきりなしに注文の電話もかかってくる。「○○さんへ生け車エビ5匹、イワシ頭落とし2キロ」−。大将木村哲三(58)の威勢のいい声が店内に響く。14代目の当主である。

 鮮魚を扱う店では、錦で最も古い。「もともと魚の卸。戦争(第二次世界大戦)中は、商売もできないような状態でしたが、ずーっとここで続いてきた。昭和2(1927)年に現在の中央市場が設立されてからは、小売りの形態になったんです。ハモとグジには、特に自信を持っています」

 木村の店の知名度は高い。最近は、注文が一般、プロを問わず、全国各地から舞い込む。木村は、しかし、これを大きく展開しようとは考えない。「クール便とかで全国対応はできる。だが、生鮮食品中心の専門店ばかりが軒を連ねて商売していることが大事です。全国どこにもない特色であり、これが錦の命」と木村。今の店で、信用をバックにした対面販売を続けることが、錦も店もさらに人気を高めることにつながる、と信じる。

豊田又成さん

 魚の仲買商としてスタートし、麩屋町通と富小路通の真ん中にある現在地に移って310年という寿司(すし)の老舗もある。御所へも納めた仕出屋を経て、大正時代に寿司を手がけた。豊田又成(52)は20代目店主。大学を終えた後、東京の料理屋で修業して後を継いだ。

 「おやじの代は、積極的に外に店舗を出しました。私は、多店舗ではなく、錦のこの本拠を固め、たとえばシャリは釜炊き、ネタは天然ものといういい寿司をちゃんと売って行く」と豊田。「以前、さば寿司の全国発送をしたことがありますが、品質が保てなかった。やはり、ここに来て食べてもらうのが、一番」と。豊田は錦から日本食の素晴らしさを発信したい、と考える。

 気候や景気の変動で大きな影響を受ける生鮮食品の商い。これを、なんとか安定的なものにという新しい試みも、錦で結実しつつある。

磯野秀子さんと夫の勇治さん

 柳馬場東入ル、八百屋の奥にあるカウンターには、カブラ蒸しや炊き合わせといった京野菜の昼ごはんを求める女性客が、ひっきりなしに訪れる。愛想よく、てきぱきと接客するのは磯野秀子(58)。広島の出身。京都の錦で買い物をという「だましみたいな見合い」で、34年前、八百屋の勇治(58)のもとに嫁いだ。

 「バブルがはじけて、料理屋さんのお得意がガクンと落ちたんですよ。このままではいけない。野菜をどう料理するかという八百屋のノウハウをうまく使って、何かできないかと必死で考えました」と秀子は思い返す。

 時代は、想像通りに動いた。「私の思った商売が、八百屋を続けていくうえでも必要になった」。4年前にはじめた店は、大好評。口コミで評判を呼び、店の食材を使い、店の中で料理を食べさせる店「イートイン」として、広がっている。秀子のアイデアが、錦の新しい魅力となったのだ。(敬称略)

[京都新聞 2006年12月5日掲載]