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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

京の年越し 3

終い天神(上)

村口美貴子さん、本江泉さん、村口健斗ちゃん、岩崎義雄さん(左から)

 東寺の「終(しま)い弘法」に続き、文字通り、この年の縁日の掉尾(とうび)を飾るのが、25日の北野天満宮の「終い天神」。2万坪(6万6千平方メートル)の境内一帯や御前通に、露店がところ狭しと並ぶ。葉ボタンや注連(しめ)飾りなど、正月用品が店頭に並び、さまざまなキャラクターの売り手が特徴の天神さんに、年越しの市にふさわしく浮き立つような派手やかさが加わる。

 露店には実に、いろいろな人間模様がある。天神さんを訪ねる楽しみの一つ。

 京都市中京区で80年続く金物屋を営む本江泉(60)。今年の夏、30年間一緒にやってきた夫正則が亡くなり、1人、天神さんで大工道具などを売る。その本江を助けるのが、知人の岩崎義雄(62)、2女の村口美貴子(35)と孫の健斗(3つ)。何せ金物。「売り物を運ぶだけでも大変」(岩崎)で、助っ人が必要なのだ。「売れるのは古い道具。昔のものは、質がいいから」と本江。ただ「学問の神さんやから、うちの商品はミスマッチなんですかね。あまり売れません」と苦笑い。

宮崎利一さん

 間もなく新しい孫もできるというのに、本江の悩みは後を継ぐ者がいないこと。だが「市には、小さい時からなじんできたし、やめたくはない。跡をどうするか、サラリーマンの主人の出方しだい」と美貴子。天神さんの店を、できれば出し続けたい、という。

 弘法さんと比べると、骨董(こっとう)品や古着の店が目立つ印象だ。特に、御前通はその傾向が強い。

 大阪府岸和田市から来る宮崎利一(57)。濃紺のベレー帽がトレードマーク。店頭には、置物など古美術品、古い着物、アンティーク時計、古銭など骨董品がずらりと並ぶ。

 「サラリーマンだったが、趣味が高じて、こんな店出して売るようになったんですわ」。天神さんには5年前から来ている。「ここは観光客も結構多い。ただ、見て楽しむ人が多くて、なかなか商売にならんね」と宮崎。

北山幸博さん

 これを隣で聞いていたのが骨董品を扱って30年の北山幸博(60)。「京都はあかんよ。目が肥えていて、半端なネタ(商品)は売れない。天神さんは、特に安くせんとあかんし、商売しにくいね」と引き継ぐ。「蔵出しの新鮮な商品、あるいは変わった珍しいものでないとあかん。ここのお客はとにかくシビアですわ」と、天神さんでの商売の難しさを語り、宮崎と掛け合いで話は尽きない。

 27年間、火縄銃や刀剣類を専門に扱う奥田殷(しげよし)(77)。公務員をしているころ、2万円の刀が200万円で売れることを知り「こりゃ勉強すればいい商売になる」と、この道に入った。

 「昔のなじみも少なくなって、居合やってる若い子が見にはくるが、さあ、最近、商売はもうひとつです。だから普段は、高価な真剣は表に出さない」と。だが、参拝客で沸きかえる終い天神では、真剣を前面に、勝負をかける。

奥田殷さん

 天神さんの露店の運営は、境内参道が二十五日講、御前通は西陣露店組合が取り仕切る。組合の会長である父親の代行を務める竹村晃一(39)は、境内でうどん店も出している。そこで見る参道が、昔に比べ変わったと感じる。「一般の出店者が増え、フリーマーケットの様相が強くなってきた」のだ。

 竹村は20歳前から天神さんになじんできた。昔あった大道芸や口上で売る店が、ほとんどなくなってしまったことも変化のひとつ。「そのままは難しいが、天神さんをさらに盛り上げるためにも、新しいパフォーマンスが、なにかいる」と思う。

 伝統の天神さんにも、新しい風が吹き始めている。(敬称略)

[京都新聞 2006年12月20日掲載]