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八坂神社おけら詣り

楠木洋平さん

 八坂神社の「おけら詣(まい)り」は、京の年越しを代表する風物詩。神社に詰め寄せる参拝客は、境内の白朮灯籠(おけらとうろう)の火を火縄に移し、くるくる回しながら家路を急ぐ。この火で雑煮を炊き、1年の無病息災を願うのである。

 おけら詣りを前に、今年、2基(一対)の白朮灯籠が新調された。これも含め境内3カ所、五基の灯籠が、参拝者を待ち受ける。

 31日の除夜祭の後、午後7時半すぎ。「をけら木の入った灯籠に、神職が古式にのっとり28日に鑽(き)り出した火を移します。これで、おけら詣りの参拝者を待つのです」というのは、権禰宜(ねぎ)の楠木洋平(44)。神社のさまざまな資材調達などを担当する。

 「神社総がかり、アルバイトも入れて150人体制を敷くのも大変」だが、「まず、氏子に願い事など書いてもらい、当日に焚(た)き上げるをけら木の配布が、大晦日(おおみそか)を前にした大事な仕事です」と楠木。「社頭で授与する分も入れると、3万5千本も用意するんですよ」。

市原高さん

 一方、おけら詣りの主役となる火縄は、三重県名張市の農家から納められる。木綿に硝石を混入した一般火縄とは、まったく違う。薄く削(そ)いだ竹をより合わせ、縄になったもので、竹の成分で消えにくく、おけら火の持ち帰りには、ぴったりという。

 大晦日、八坂神社で、自分たちが作った火縄が、京の風物詩となっている姿を目の当たりにし「荘厳さに感動した」と話すのは、「伊賀まちかど博物館」で火縄を担当する岩嵜幸三(75)だ。

 「乾燥する加減で、1年のうち作れるのは、12月の末から1、2月まで。50年間やってますけど、なかなか一度にたくさんつくれませんしね」といい、「節と節の間の部分、皮をはぎ、中を薄く削いでなっていくので、手間がかかります。1日にならすと長さ3メートルのものが30本ほどもできたらいいほう」と。

 また、同市上小波田で火縄づくりをする山嵜義文(76)は「もう、作り手も5人ほどになりました」と後継者問題が気にかかる。「なんとか、八坂さんのおけら詣りを守るためにも、伝統の技を絶やさず、後世に伝えていきたい」と話す。

 京都市下京区で、江戸中期から続く箸(はし)の老舗八代目当主の市原高(53)。今年も、元旦の「白朮祭」で使われる「削り掛け」を、代々伝わる唐櫃(からびつ)に入れ、神社に納めた。

辻忠年さん

 「うちの家にとっては大きな行事で、昔から12月13日の事始めの朝一番に、お納めするんです。物心ついたころから、そうしていて、一切変わらず私も継いでいます」と市原。削り掛けは「奈良の出入りの箸職人さんに用意してもらう。ヤナギとヒノキのかんな屑(くず)で、これを一枚一枚手で裂いて、櫃いっぱいにします。これを繰り返すたび、八坂さんが本当に近く感じるんです」と話す。

 「京都の風物詩であり、25万人もの参拝者が訪れる本当に大事な年越し、新年の行事。安心して参っていただくため、とにかく事故がないよう、万全の体制で臨む」と、八坂神社禰宜の辻忠年(50)は気を引き締める。

 八坂神社に奉職し28年。「遠方から来る人も増えたし、生活様式も変わり、参拝者の意識は以前と違ってきた」と、時代の変化を感じる。

 神社では、10年ほど前から、火を消した火縄を「掛(かけ)火縄」の名称で授与し、新しい「火伏せ」のお守りとして定着してきた。「神事、伝統は変わらないが、時代の変化に対応したおけら詣りのあり方も求められているのだろう」と辻は思う。

 ともあれ、境内、四条、東山通に混沌(こんとん)と行き交う参拝者…。人々の描く無数の小さな火の輪は、今年も絶えることなく、京の年越しと新年の到来を告げる。

(敬称略、京の年越し終わり)

[京都新聞 2006年12月22日掲載]