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稲荷の魅力 2

お山の茶店

西村元憲さん

 「稲荷山」は古来、神々が鎮座する神奈備の山。稲荷信仰はもともと、この神体山信仰から始まった。西麓(ろく)の稲荷大社本社から東へ、下から順に三ノ峰、二ノ峰、その中ほどに間ノ峰、そして一ノ峰と連なる。標高は233メートル。

 各峰の山頂、山中には神座の旧跡「神蹟」が点在。その周辺には、個人や講などが祀(まつ)る一万基ともいうおびただしい「お塚」が群在している。初詣での時期、朱(あけ)の鳥居をくぐってお塚を巡る(お山する)参拝者で、石の階段の参道も、本社の境内同様、身動きできないほどに込み合う。

 大社から委託され、お山に住んでこのお塚を守り、供物や飲食を用意し、巡拝の人々や各行場の修行者の世話などをするのが、お山の茶店の人たちである。

 「十三石ものもち米で、夜明けから夜までかかってもちつきし、正月を待ったもんです。手伝いの人30人くらいにきてもらい、そりゃあにぎやかで楽しかった」と深ヘイ邦敏(51)は振り返る。一番ふもとに近い熊鷹社の正面で、明治初年から続く茶店の当主。ほかの茶店の子同様、お山が生活の場で、ここから学校にも通った。

 「時代は変わり、こんなもちつきも今では思い出ですが、北海道から沖縄までという、参拝者のにぎわいは変わらない。それと、ここ数年、20歳前後の人たちが、神様にちゃんと手を合わす姿が目立つ。宗教心など無縁と思われていたのに、不思議なことです。昔から、参拝はお年寄りと、相場は決まっていたのに…」と深ヘイ。心を求める時代なのか、稲荷の魅力をあらためて感じる。

(左から)西村嘉文さん、珪子さん、ルミ子さん、広さん

 京都市を一望する稲荷の絶景で知られる四つ辻で茶店を構えるのは西村元憲(73)。外まで参拝客のあふれる店は、以前旅館だった名残が随所に残る。「団体参り(講)の信者さんや行者さんを泊めていました。東海道新幹線ができるころまでは続けていたんですよ」。製薬会社を辞めて家業を継ぎ、35年が過ぎた。参拝者を見続け、深ヘイと同様、若い人の信仰心の高まりを感じる。

 そしてもう一つ、外国人の台頭をいう。「特に朱の鳥居に象徴される風景が、日本独自の宗教である神道としてわかりやすいのか、世界的な人気になっている」と、西村は稲荷信仰の広がりを実感している。

 上ノ社の神蹟のある頂上、一ノ峰で、末広社と周辺158基のお塚を守る西村嘉文(62)。訪れる信者の数も多い。「手伝いがみんな本職になった」という妻の珪子(59)と兄広(64)、ルミ子(60)夫婦、そして弟の貴夫(61)、維人(51)と一緒に、参拝者に応対する。

木村嘉宏さん

 「鳥居の奉納みてますと、景気の変動、業界の興亡が手に取るよう。代替わりもあるが、ずいぶん昔に先祖がここで祀っていたんだが、と訪ねて来る人も結構ある」と西村。

 「何かにすがりたいという気運は今、世の中に高まっている。ますます稲荷信仰は強まっていくだろう。本社からぜひ、この山頂まで巡ってきてもらいたい」と話す。

 稲荷山町にある18軒のお山の茶店は、稲荷山共栄会という組織をつくっている。その会長を務める木村嘉宏(59)は薬力大神とおせき大神を守る。「この仕事は、商売だけでは決してできないと思っている」と、信者や行者の人たちの間で育ち、ともに生きてきたことを強調する。

 「お山めぐりのできるお稲荷さんのような自然崇拝的信仰は、今の世の中に絶対必要」といい「こんな稲荷の魅力、すごさをもっと広げていければ」と、痛感する。  稲荷と共存共栄するお山の茶店。健康と心の大切さを求める人々が増えるにつれ、神南備の山のよりどころとして、ますます存在感を増していく。(敬称略)

[京都新聞 2006年1月10日掲載]