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稲荷の魅力 3

朱の鳥居

(手前から)南了仁さん、南洋進さん、南美知子さん

 伏見のお稲荷さんといえば、朱(あけ)の色鮮やかな鳥居。特に奥宮から奥社奉拝所に至る二手に分かれた参道百メートルほどの間の「千本鳥居」は、その象徴だ。どこまでも続くかに見える朱のトンネル。いずこへと導かれるのか−心は、神秘にとらわれる。

 稲荷山には、この千本鳥居をはじめ、山上から山下に至るまであらゆるところ、大きさもさまざまな朱の鳥居が林立する。その数は数千にも上るという。鳥居は神の聖域を表すしるしだが、稲荷では、朱の鳥居を献じ、祈願と感謝を表す信仰となった。

 「こんな大きな鳥居を稲荷に納める仕事は、うちでは初めてのことなんです」と、興奮気味に話すのは、神幸道(裏参道)で、神殿、神具の製造販売を行う南了仁(35)。柱の太さは直径45−50センチ強、一本の重さは600キロもあり、高さは7メートル。奈良県にある企業から注文を受けた。「最近では、そうない大きさの鳥居」(大社)という。

 「最近は、景気も上向きということで、建て替えや注文が結構ありますね。これぐらいのものになると、材料切り出しからなので、1年半から2年もかかる」と南。昨年他界した父の後を受け、家業を引き継いだ。仕事は、叔父の洋進(65)に、鳥居づくりのイロハから習った。

長谷川泰史さん

 「店での神具などの販売、企業を訪ねてのお稲荷さんの工事など、息つく間もない」−。2月5日初午(うま)の日の建立をめざし、千本鳥居近くの命婦参道で工事が続く大鳥居。この完成まで、南のてんてこ舞いは終わらない。

 現在、伏見稲荷の鳥居製造を手がけるのは、5軒ほどといわれている。その中でも、稲荷大社からの注文をほぼ一手に引き受け、先代の表参道木製大鳥居を建立した実績を持つのが、古くからの宮大工で「伏見稲荷大社御用達」の長谷川家。

 本町通の作業場は、活気にあふれている。初午までの繁忙期には、8人がかりで注文に対応する。「小学生のころから、おやじのそばで、ずっと仕事を見て育った」というのは、事業を取り仕切る25代目長谷川泰史(50)の二男宜弘(24)。実際に仕事に携わり五年。鳥居の柱に名前など刻む彫刻を担当する。

(左から)橋野孝佳さん、長谷川宜弘さん、宮川貴至さん

 「家の伝統を知るたびに、よし、やるぞという気持ちになる。ほとんど、毎日働き、きついが、誇りを感じる」と宜弘は話す。

 作業場では、宜弘と小、中学校が一緒だったという宮川貴至(24)も「宮大工に興味があった」と修業の日々。また「神様の仕事がやってみたい」と名古屋からやってきた橋野孝佳(27)らの若者や、建築の仕事歴約40年というベテラン大工の中川博幸(57)もいて「どこにも負けないいいものを」と力が入る。

 長谷川の父親の社長清一(86)も健在、長男の實(26)も加わって文字通り、一家挙げての分業で稲荷の「朱の鳥居」を担う。長谷川は、鳥居の奉納には、はやり廃りがないという。「景気のよし悪しの影響はあるにしても、大体注文は一緒です。特に、千本鳥居はいつも変わらず、人気が高い」と鳥居の注文を通じ、不易の厚い信仰心に出合う。

中川博幸さん

 「常に、職人にもいいますが、こうした信仰心に、誠心誠意応えないけません。心を込めた仕事です。この心意気が、うちに代々伝わるモットーで、これがあるからこそ、よそに負けない鳥居作りができる」と長谷川。

 鳥居に込めた、信者の熱い思い。これを受け止める職人たちの心意気。その象徴として、稲荷には、大小無数の朱の鳥居が、絶えることなく立ち並ぶ。それは、人の世の流転も浮沈も盛衰も、はるかに超えた光景のように映る。(敬称略)

[京都新聞 2006年1月11日掲載]