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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

稲荷の魅力 4

信じる人たち

小笠原馨さん

 伏見稲荷大社には、京都市内の七条通を中心とした氏子区域がある。神輿(みこし)が練る大社最大の盛儀「稲荷祭」は、主にこの区域の氏子中の奉賛で行われる。一方、稲荷には、こうした氏子とは別に、大社講務本庁が管轄する信者の組織「稲荷講」が全国に存在する。

 原則として、信者(講員)100人以上のものが「支部」、それ以下のものは「扱所(あつかいしょ)」と呼ばれる。現在、120支部、160扱所で講員数は「4万人」(講務本庁)に上るという。

 京都市下京区松原通に面した、何変わるでもない民家。「伏見稲荷大社講務本庁京都中堂寺支部」だ。毎月16日の月次祭では、そこにあふれるほどの人々が集まってくる。支部長龍谷(りゅうたに)みどり(71)を、心から慕う人たち。

 「信仰心の厚かった両親から、いずれ神の道に行く子、と聞かされていた。そんなことあるのかという思いだったが、知らずにこうなっていた」。龍谷は笑う。

龍谷みどりさん

 「高校終わったころ、どこでどうお知りになったのか、ある師に請われて、2年間修行。その後、自分で本当に神がかりを得たいと、稲荷山に入り、山頂の末広の滝で、真夜中、49日間の行をした」−。「ためし」など数々の不思議体験も。願った通り、神が降りるようになった。

 若くして修行を積み、数々重要な奉仕を稲荷に続ける龍谷は、講務本庁から支部長としての五階級中の最高位「仁階(じんかい)」を与えられている。全国でも数人という希少な支部長だ。

 毎月の月次祭、龍谷の家に集まる信者は、龍谷とともに祈り、龍谷が神がかるのを待つ。神がかった龍谷の口からは、個々の信者への「おさとし」が告げられる。

 「信者は、遠いところは、千葉、愛知に三重、西は岡山、四国、九州と、全国で百人を超えます」というのは副支部長の小笠原馨(83)。「毎月、毎月、遠方から信者が来る。また、26日には、先生とお山する(稲荷山の支部の塚参り)信者も絶えない。みんな先生を信じ、頼っている」と。

(左から)真鍋たか子さん、吉澤あい子さん、大野榮子さん

 龍谷の熱心な信者となって以来、小笠原の経営する工場で、事故が目に見えて軽減した。「26年も、お教えを受けてきた。先生のおおらかなお人柄も大きな魅力」と話す。

 今、大阪に住む真鍋たか子(78)は40年以上も龍谷の元に通う。「先生の後ついて歩くだけでしたが、そのうち、稲荷山のお参りもするようになり、なぜかうまくいくように」と。以前は龍谷の家の近くに住み、「母も熱心な信者だった」という吉澤あい子(59)は、子供の時から、家族ぐるみのつきあい。先頭に立って龍谷の世話に当たる。

松井喜志雄さん

 最近になって龍谷の元にきた大野榮子(64)も、家が、隣同士。父親が、他の宗教の信者だったが、そこで龍谷の存在を教えられた。「おかしなことですが、あまり近すぎてねえ。ほんとに最近になって、すごい先生だと知ったんですよ」と話す。

 大阪でプラスチック製品の開発・製造販売会社を経営する松井喜志雄(70)は、14年前、サラリーマンから独立した時龍谷を頼った。順調な事業を感謝し、昨年秋には、会社に神殿を祭り、新年を迎えた。

 「信心は本人の心。先生におすがりするばかりでなく、まず、信者自身が心を磨くこと。これがまた、先生の意思を継いでいくことになる」−松井のモットーである。

 今も修行、という先達、その元に集う信者たち。信じあう心、助け合う思いが、温かなオーラとなって漂う。(敬称略)

[京都新聞 2006年1月12日掲載]