メニュー
 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

稲荷の魅力 5

現世利益

稲荷の初詣でのにぎわい(今年1月3日)

 2011年に鎮座1300年を迎える伏見稲荷大社。そのイメージは、まずは商売繁盛。生業繁栄の神様である。信仰によって、現実の利や福をとの願いがかなう庶民信仰的な「現世利益(げんせりやく)」が、その真骨頂。

 毎年のお正月、2月初旬の初午(はつうま)ともなれば、同大社には、実に多くの参拝者が詰め掛ける。事業の成功を願う人、そのお礼をする人が圧倒的に多く、巷(ちまた)では、そのさい銭の額が常に話題になることも「商売繁盛」の稲荷のイメージをよく語っている。

 「大手の企業の方たちが、新年、初午には必ずお参りになって、その後何社かには、決まってうちで、新年会がてら直会(なおらい)してもらうんです」というのは、JR稲荷駅の前、表参道大鳥居横で料理店を営む松井喜代子(53)。店は、元和年間から380年以上も旅館として続いてきた。その古いたたずまいを活用し、京料理を前面に押し出した店を、おかみの母利子(77)と切り盛りする。

(左から)松井喜代子さん 利子さん

 「やっぱり商売の神様ですねえ。時代がかわっても、新しい会社を設立されたとか、鳥居を取り換えたり、お社を奉納するということで、企業や商売関係の方のお参りは途切れることがない」と、利子。古くから稲荷とかかわる料理屋のおかみならではの感想だ。

 「お稲荷さんの門番なんて勝手に思ってますが、私の店の商売も、結局、お稲荷さんに守られているんですよ。なくてはならない神様です」と松井はいう。

 事業の成功から家庭、個人の幸せまで、現実的で身近な御利益を語るのは大社禰宜(ねぎ)の三好敏光(62)。「困った時の神頼みといいますが、そんな時、お稲荷さんに真剣にお願いしたら、望みはかないますね」と。

 「祖父や父につれられて、大阪にいた小さい時分から、お稲荷さんにはよく参り、身近なところ。縁があったんです。結局大社に務めました。稲荷は、ほんとうに、御利益があることを、世にしらせたい」−。広報を担当する宣揚事業部の部長としての自覚だ。

 「稲荷大神は農耕神で、食べものの神。食は人間が生きていくうえで一番大切で身近なものだし、やがてこれが商売の神へと信仰が広まった」というのは、同部で稲荷に関する専門学術書「朱」の編集実務を担当する権禰宜岸朝次(52)。

大森恵子さん

 「昔から稲荷は福の神。いろいろな幸せが授かる。神職として神と参拝者の仲執り持ちで、なんとか神様に願いが届くようご奉仕するんですよ。お祈りは、本当に気が抜けません」と、正月に一回あたり小一時間、数限りないほど繰り返されるご祈祷(きとう)に臨む。

 稲荷の魅力を、民俗学者としての立場から語るのは、稲荷関連の著作で知られる大森恵子(58)。「朱」にも執筆。京都明徳高校で歴史を教える大森は「生業の神として信仰されてきたので、時代時代の産業の変化に適応できる」とその柔軟さを強調する。そのポイントは「神道化しているが、民俗の信仰が生きている」ことだ。

 「下をくぐれば株が上がってもうかる根上がり松とか、そこの水で目を洗えば目がよくなる眼力稲荷とか、稲荷山には何百年も昔からの、庶民の信仰がそのまま残っている。御利益は口コミで広がるんですね。この民俗宗教的なところがほかの神社にない稲荷の魅力ではないか」。修験道など仏教的要素や現世、庶民のさまざまな願望を取り込んだ稲荷のすごさに、興味は尽きないという。

 願望の成就を願う人、ひたすら心を磨く修行の人、そしてそのたたずまいにひかれ、やってくる人…。稲荷は、さまざまな思いの人々をあまねく魅了し引き受ける、不思議な聖域である。(敬称略、「稲荷の魅力」おわり)

[京都新聞 2006年1月13日掲載]