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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

ものづくりを見せる 4 ハイテクの館

先見性、創造と挑戦の歴史伝える

左近茂樹さん

 明治初年、京都市中京区二条通近辺の鴨川畔は、全国に名だたる京のハイテクゾーン。化学の殿堂「舎密局(せいみきょく)」が設けられ、その敷地内には、染色、せっけん、陶磁、ガラスなどの実験、製造所が立ち並ぶ。織殿という、欧州直輸入の織り機を備えた模範工場も出現。全国から職人が集まり、ここは、近代産業の幕開けを象徴する場所となっていた。

 その面影を伝えるのが木屋町通二条下ルの島津創業記念資料館=TEL075(255)0980、有料=。「明治8(1875)年に、初代島津源蔵が島津製作所を創業した場所なんです」と、館長の左近茂樹(61)。1975(昭和50)年、創業100年を記念して開設された。

 源蔵は舎密局に、足しげく通い、最先端の知識を猛烈に吸収した。それを裏付けるように、古風なたたずまいの館の展示場には、舎密局のお雇い外国人G・ワグネルから送られたという木製の古い旋盤がある。

川勝美早子さん

 「初代源蔵が製造販売に乗り出した理科の実験用器具から、現在の医療や産業用装置につながる大正時代からの機器を展示しています。資料も入れて600点ほどになる」と左近。近年、田中耕一さんのノーベル賞で一段と名をはせた同社だが、その特設展示もある。

 入館4年目の学芸員川勝美早子(35)。学部は哲学だった。が、資料館に勤めてから大学院に入り直し、科学技術史を専攻した。「資料館で、私のものの見方も変わったんです」

 修学旅行生ら見学者には「おもしろ実験コーナー」で、各種の実験器具を使い実演を披露する。「島津が京都に130年以上も企業として続き、科学を通じ教育や社会、産業に貢献してきた。所蔵の資料を調べていると、次々わかる」−この社会貢献の精神と島津の企業としての足跡、未来を、一人でも多くの人に伝えたいと思う。

片山武美さん

 同僚の高橋綾子(33)も「島津の先見性は驚くばかり。一般の目線を大切に、これからの展示を考えていけたら」という。「資料を整理し、電気、化学、力学といったジャンル分けや過去の原理がどのように現在とつながるかなど、工夫をしたい」と左近、展示の将来を話す。

 陶磁器の最先端技術の、いわば結晶が、ファインセラミックスだ。セラミックを核に、「新技術」「新商品」「新市場」の創造をめざす京セラ。その成長ぶりは、創業者稲盛和夫の存在とあいまって、既に神話といえる。京都市伏見区にある本社の2階の広大なファインセラミック館=TEL075(604)3500(大代表)=に、そのすべてがある。

 「セラミックとは何かから始まり、さまざまな商品となり、あらゆるジャンルで使われている多様なセラミック。そのすごい広がりを見てもらうことができる」というのは広報管理課責任者片山武美(56)。ファインセラミックの開発営業に長く携わる。「今あるものでなく、これまでにない市場が求めるものを提供していく、がテーマ」だった。

松永真由さん

 その言葉通り、館内には、各種のハイテク機器に組み込まれた電子部品、あるいは、金属にかわる道具として活躍するもの…、ほぼ半世紀、京セラがつくり続けてきた、おびただしい数量の独創的なセラミック製品が展示されている。

 「すべてに絶対につくり上げたい、という強い思いがこもっているんです」と片山。「ここには、まさに当社の企業哲学である京セラフィロソフィーがあり、時代時代の創造と挑戦の歴史がある」と言葉をつなぐ。

 同じ課の新人松永真由(24)は、主に、予約の小中学生を案内する。「セラミックって何、という素朴な疑問に、できるだけわかりやすく答えたい」と、勉強の日々だ。「技術のことと同時に、ものづくりにおいて、何より、やり抜く意志の大切さを強調します」と松永。展示が業界や社会の役に立ち、とりわけ「京セラファンが増えればうれしい」と。企業ミュージアムの真骨頂だ。(敬称略)

[京都新聞 2006年2月22日掲載]