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映画の太秦 1 活気づく撮影所(上)

培った造形力結集 受賞で脚光再び

北川真樹子さん

 京都市右京区太秦に誕生し、昨年55年目を迎えた東映京都撮影所(京撮)は、近年にない興奮に包まれた。同撮影所が企画、製作し2005年末に公開した「男たちの大和/YAMATO」の大ヒットである。

 観客動員数400万人以上、興行収入52億円と、東映史上かつてない大ブレーク。今年2月に発表された日本アカデミー賞では、作品でこそ逃したものの、美術、録音部門で京撮スタッフが、最優秀賞を受賞したのだった。

 「お金もかかっていたし、プレッシャーがきつかった。正直、ホッとしました」と、受賞を喜ぶのは美術を担当した松宮敏之(48)。大迫力でせまる大和の160メートルものセットを手掛けた。「大和は、みんな知ってる。本物以上に本物らしく見せる工夫」に、京撮での四半世紀のキャリアをつぎ込んだ。「艦の先端の色を変えたり、壁のリベットを実際より多くし、凹凸を増やすなど、どんなシーンでも、船だと見えるようデフォルメしたんです」。京撮美術の造形力が、CGを超えた瞬間だ。

松宮敏之さん

 「京都には撮影所があって、ちゃんとした映画が作れることを、証明できたのがうれしい」というのは、同じく録音を担当し、最優秀賞を受けた松陰信彦(46)だ。

 「音」ではなく「芝居を録(と)る」が口癖。「京都には、映画の人材もシステムもきちんとある。この受賞が、いろいろな人が京都で映画を作りたいということに、つながっていけばいい。京都に賞を持って帰ったことが、若い人の今後の励みになればね」と話す。

 東映京撮は、昭和30年代、時代劇を量産し、全国の映画ファンを沸かせた。その後任侠(にんきょう)、実録、大作ものと路線を変えつつ、京都で映画を作ってきた。映画斜陽といわれた中でのことだった。作品とともに、技術が磨き上げられてきた。

松陰信彦さん

 東映で35年間、照明一筋の安藤清人(60)は「今、若手の育成が、自分の使命と思うようになった」という。「例えば映画全盛だったころのタングステンの照明は、独特の味がある。これを駆使する技は、どこにも負けない。こういう技術を伝えたい」と安藤。「テレビも大事だが、何より本編(劇場用映画)を作り続けることが大切」と話す。

 結髪を担当する北川真樹子(40)は、16年目。時代劇の日本髪や着物姿にあこがれ、OLを辞めこの道に入った。「好きで始めた仕事ですが、いつまでたってもゴールは見えないですね。失敗だらけ」と、中堅になっても研さんの日々だ。「かつらだけでも、顔だけでもいけない。着物も着て、全身の雰囲気が似合っているという風にできるのが理想」という北川。「時代劇はやっぱり京都だね、といわれたい」。

安藤清人さん

 時代劇に断然強みを発揮する京撮の伝統。その上に新たな持ち味を、という試みも若手を中心に動き出した。コロムビアミュージックエンタテインメントとネット配信を計画しているデジタル作品の企画、製作だ。

 「80年代ロックのヘビメタと時代劇を組み合わせた奇想天外な画期的映画です」と語るのは初の監督としてメガホンをとる兼崎涼介(31)。「時代劇は、京撮がもっとも得意とするところ。この作品を作ることで、京撮には不得手だった、新しさを吹き込めれば成功」と、兼崎。「京撮のスタッフが持つ撮影所独特のチームワーク。これは東京にはない。絶対うまくいくと確信してます」と自信を話す。

兼崎涼介さん

 京都の観光スポットとして、大正時代に端を発し、現在、東映、松竹2つの撮影所を核にした映画作りの現場「太秦」がある。15日から、この太秦を盛り上げる「シネマフェスティバル」が始まり、立命館大学も、新しい映像学部の関連施設を設置する。邦画が人気を高める今、映画の街太秦が、にわかに注目を集める。(敬称略)

[京都新聞 2007年3月12日掲載]