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映画の太秦 2 活気づく撮影所(下)

“必殺”のプロ集団、若い力芽吹く

大脇邦彦さん

 三条通、嵐電帷子ノ辻駅を過ぎ、西へ。しばらくすると左手に、コンクリートの建物が見える。正面に「松竹京都映画撮影所」と、真っ赤な文字で浮き立っている。

 一度は、映画の灯が消えたかに思われた。それが昭和40年代後半、テレビの時代劇制作という形でよみがえる。中村主水でおなじみの「必殺シリーズ」。以後、テレビを中心に、映画作りは途絶えることなく近年、大船撮影所閉鎖の後、松竹唯一の映画製作現場として、また立命館大学映像学部の関連施設が設けられることで、脚光を浴びる。

 「必殺を超えるようなシリーズを、ここで作りたいですね」。昨年末に松竹京都映画にスタッフとして採用され助監督になったばかりの大脇邦彦(23)。学生時代から、シナリオライターになるのが夢。

 「台本をもらって、小道具用意したり、俳優さんのこまごました手伝いをしたり」と、雑用の数々で一日が過ぎてゆく。「たった3カ月ですが、ここに入ってからどんどん時代劇が好きになってます」と大脇。「仕事が入ると休みもないほど。でも、カメラや照明さんとかすごい活気の中で働ける喜び、毎日が楽しい」と、目を輝かす。

金子珠美さん

 京都映画の現場では、昔「大部屋」といわれた、ちょい役を演じる俳優さんも活躍している。京都映画のヒット作「鬼平犯科帳」など金子珠美(34)は、テレビドラマに常連のように顔を出す。京都の芸術系短大でテキスタイルを勉強した後、10年以上、時代劇中心に出演する。「おじいちゃんの大好きな、一緒に見たこともあるテレビ時代劇に出してもらった時のことは忘れられませんね」と、デビュー当時を思い返す。「主役のように、じっくり顔で勝負もできません。短い間に、パッと全体から、役にふさわしい雰囲気を出そうと一生懸命なんですよ」と金子。最近は、日舞も習い始めた。

 「ここの現場のスタッフは、どんな芝居なのか考えて、ちびた下駄(げた)だったり、乱れたカツラだったり、小道具や衣装など用意してくれる。すごいプロ意識。これが、松竹京都の伝統。役者の端くれでも、それに応えないと」。京都映画独特の気風を伝承したいと思う。

 こんな京都映画の現場を、事務所から見ているのが経理担当の木村薫(31)。「へー、必殺ってここで作ってたんかあって、実は入って初めて知ったんですよ」。

 「所内のいろいろなところでスタッフや役者さんが話していたり、独特の雰囲気。そのことがリアルタイムで撮影の現場に取り入れられていく。そしてテレビに。不思議で楽しい職場」と、勤めが面白い。

佐藤絵梨子さん

 松竹京都映画の撮影所の中には「映像京都」という、旧大映京都撮影所のスタッフらが中心になって設立したプロダクションがある。ここの社長を務める西岡善信は、世界的に知られた美術監督。著名な大ベテラン西岡の映画会社の枠にとらわれない活躍は、松竹の多くのスタッフにも有形無形で力を与える。

 京都映画に入って4年目の佐藤絵梨子(28)は、ただ1人の美術助手。「すごいです。(西岡らは)雲の上の存在。打ち合わせされているところを見ましたが、図面も何にもないところで、あれはああしたほうがいい、こうしようと…。それで、ちゃんとできあがっていくんですよ」と感動を話す。

「京都の伝統のすごさです。先輩の方々全員に、例えば『必殺』の時からやってきたという、自負を強く感じる。その姿勢に、よし私もがんばる、という気になります」と佐藤。「テレビと比べ、なぜか重みがあり、別の魅力がある劇場用映画の製作にも取り組みたい」。

 映画作りに、若い現場が活気づいている。(敬称略)

[京都新聞 2007年3月13日掲載]