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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

はる・嵯峨嵐山 4 古刹とサルの山

地元に根差し 活性化試み一歩ずつ

藤本高仝さん(左)と慶子さん

 嵐山の春、陽光にまぶしげな表情で、晴れ着の女の子や男の子が、行き来する。同じように盛装した両親、そしておじいちゃん、おばあちゃんと思われる人たちも付き添っている。4月にピークを迎える、今も昔も変わらぬ嵯峨嵐山の法輪寺十三まいりの光景である。京都以外では珍しくなった伝統の儀式。一種の成人式で、数えの13歳になると、大人になった証しに同寺に参り、本尊の虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)から福徳、知恵など授かる。

 この伝統の行事が欠かさず繰り返される古刹(こさつ)で昨年12月、先端の技術による前衛的なイベントが催された。花灯路に協賛し、同寺が境内を提供。大型プロジェクターで、本堂や多宝塔、周囲の山にさまざまなイメージを投影する試みだった。

 「十三まいりのように伝統のやり方で満足してもらっていることは変わらず続けていく。一方で、いろいろのことをやってもいいと考えている」と話すのは副住職藤本高仝(47)。二男として生まれ、寺を継ぐとは思っていなかった。京都大で造園を勉強していた。兄の不慮の死。これで奈良時代にまで起源をたどる由緒ある寺の後継者に。

 「常に新しいものを取り入れてきたのが京都。どんどん試みてみて、いいものなら残る」と思う。「嵯峨嵐山のためになり、これまで当寺に関心がなかった人まで境内に足を踏み入れてくれるなら、新しい試みは大歓迎」と。

小畠修平さん

 ただ、藤本は、派手なパフォーマンスにさほど関心はない。力を入れているのは、境内の植樹だ。大学で学んだ造園がベースになっている。

 このことで、どんな木がいいか、どんな庭にしたらいいか、専門家の藤本に貴重なヒントを与えるのは妻の慶子(41)。愛知県から嫁ぎ、嵯峨嵐山の景観に心打たれた。「朝の犬の散歩や台所から見渡せる何げない景色を見て木々がどうなっているか、主人に話すんです。四季折々、それぞれ見応えのある境内、庭園になったら、参拝の方はどう感じるか、わくわくします」と声は弾む。

 10年ほどかけ藤本は、ウルシだけでも100本以上も植え続けてきた。「春は早咲きから始まり各種の桜が咲き競い、秋には、真っ赤なウルシで彩られる…。季節をさまざまな木々で堪能してもらえる寺にしたい」と将来を語る。最近、悩み抜いたシカ対策にもめどを付けた。

 この法輪寺の西側、岩田山にある野生のニホンザルを観察できる餌付け施設「嵐山モンキーパークいわたやま」。今年でオープン50周年を迎えた。

 春真っ盛り、山はサルたちの出産シーズン。今、モンキーパークは、いつにもましてにぎわう。特に、欧米系の外国人が目立って多い。「いやあ、時には、ここは日本かと思うような日があります。野生のサルが見られる施設は、欧米では珍しいんですね」というのは、職員の小畠(こばたけ)修平(30)。

浅葉慎介さん

 勤めて6年。「野生の動物とどう接するか、体験できます。変な餌の与え方をしない、近づかないなど、あるがままに付き合うことが大切と分かる」−自分自身が仕事を通じ学んだことでもある。「これを知れば、有害鳥獣の問題も軽減されると思う」と小畠。高校の実習はじめ、小中学校の見学者が増えていることがうれしい。

 こんなサルの山を「もっと多様に楽しんでもらい、山だけでなく、嵯峨嵐山全体の活性化にもつなげたい」と園長浅葉慎介(44)はいう。5年前から始まった嵐山音楽祭の発起人でもある。

 「昨年の秋は、サルが奥の山に帰った後、紅葉のライトアップをしました。餌場から見る京都の夜景も大変素晴らしいですから」と、浅葉。「まだ、知名度も低いが、じっくり続けていきたい」と今年も計画を練る。

 4月末には、フリーペーパーの第1号も発行する。「岩田山のサル便りはもちろん、嵯峨嵐山全体のガイドマップに。四季ごとに5千部の発行を目指す」と、気合が入る。

 嵯峨嵐山ネーティブ(生え抜き)の名刹、名所。静かだが、地元に根差し、時代を見据えた動きに注目だ。(敬称略)

[京都新聞 2007年4月12日掲載]