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はる・嵯峨嵐山 5 陸と川から絶景を

船と列車 笑顔満開、触れ合い乗せて

木田明生さん

 窓や天井の大きく開いた明るい列車。咲き誇り、花びらの舞い散る桜並木の沿線を、コトコト通り抜けていく。ロマンチックトレイン「嵯峨野号」、嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車。嵯峨嵐山から亀岡まで7・3キロを25分かけて走る。8つのトンネルを抜けるたび、それぞれ違う保津川渓谷の絶景が、大パノラマとなって目前に広がる。開業16年目の春。今では年間80万人以上もの乗客を呼ぶ、京都有数の観光名物に。

 「開業直前に私が、吹田からこのトロッコ列車を運んできたんですよ。まさか、ここに勤めることになるとはねえ」と、くしき縁を語るのはトロッコ嵯峨駅の駅長山本一男(60)。もともとJR西日本の運転士。「春は桜、初夏の新緑、秋は紅葉、冬の雪景、沿線の景色はすべて最高。もともとのこの景観と、植樹など社員の取り組みが実った」と、トロッコ絶好調の理由を説明する。

 JRのOBらで構成する社員は、アルバイトを入れて60数人。運転は別として、社員は何でもする−が開業以来のモットー。「駅長や、冬の枕木交換、イベントでの着ぐるみパフォーマンスまで、面白がってやってます」というのは、JR嵯峨嵐山駅の駅長を最後にトロッコに来た総務課長坂口勇一(58)。「JRの時とは雰囲気が違う。なにしろ観光列車。明るく、楽しくですよ」。窓口を担当する荘真弓(29)も同感だ。「6年勤めていますが、着ぐるみを着て窓口に座ったり、いろいろ経験しましたね。お客さんに喜んでもらえるし、楽しい仕事場」と顔がほころぶ。

荘真弓さん(右端)

 8人の運転士は車掌も兼ねる。車掌の時は、沿線の説明、お客さんをみて歌のサービスもする。最近増えた台湾からの乗客には、現地語で「北国の春」も。「こんなに楽しく列車の仕事ができるとは」と、4年近くトロッコ列車の運転をする木田明生(55)は話す。運転士にあこがれ、旧国鉄に入った。「運転ができる喜び。その上お客さんとの触れ合いがあり、景色もすばらしい。言うことなし」と、笑顔で列車案内のマイクを握る。

 列車が亀岡駅につくと、近くの保津川には保津川遊船企業組合の乗合船が待っている。いわずとしれた保津川下り。嵐山渡月橋手前の大堰川まで、渓谷16キロを2時間ほどかけて下る。深い淵や激流を渡るスリリングな魅力。展開する両岸の絶景はいうまでもない。

 「近年になって30万人前後と、ずいぶんお客さんが増えた」と毛利善一(62)は感じる。船頭生活も35年になった。「川底の岩の位置や流れ、名所など覚えることも多い。最初はいやになったこともあったけど、船頭仲間は近所の人ばっかり。格好悪いしやめられませんわな、それで今日にまで」と笑う。

 「水量の多い時が船頭の腕の見せどころ。スリル満点にクリアし、嵐山のすばらしい景色に運び、お客さんに喜んでもらう。これが何よりの励み。75歳の定年まで続けたい」と。

山口庄三さん(左)と毛利善一さん

 やがて花イカダも見られる桜の嵐山に着く。大堰川には、のどかに行き交う屋形船。渡し船や夏には鵜飼船も出す嵐山通船会社の運営だ。

 「見せどころは、さお一本で操る技術。深い淵では、さおの届くところを熟知していないといけない」と船頭の山口庄三(55)。嵯峨嵐山で育ち、船も景色も昔からなじんできた。大手の米問屋から、代々かかわる通船会社に。「船頭の仕事は面白い。若い人からもっと、なり手が出てほしい」と技の伝授に腕が鳴る。

 「船上からみてこその嵐山。陸からでは絶対味わえない美しさが、見える。手こぎでのんびり、時代にピッタリ」と社長の中西一夫(66)はPRする。もともとは、嵯峨で染色業をしていたが、家とかかわりのあった通船会社にはいった。もちろん船頭もこなす。「屋形船からの嵐山のよさは、いまひとつ知られていない。社長になってから、京都にきて、大堰川の遊覧船に乗ってと、営業で全国をまわってます」と力が入る。

 船と列車、水上から陸上から楽しみはいかようにも…。嵯峨嵐山の観光は、どこまでも奥が深い。(敬称略)

[京都新聞 2007年4月13日掲載]