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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

はる・嵯峨嵐山 6 商店街動く

観光型へ連携 “おもてなし”へ意欲

山本芳男さん(左)と加藤就一さん

 観光客でにぎわうポップなトロッコ嵯峨駅の東側に、跨線(こせん)橋を備えた古風なたたずまいの駅舎が隣接している。JR嵯峨嵐山駅。この駅舎が、山陰線の複線電化にともない2008(平成20)年度末完成をめどに、改修が計画されている。

 現在南側だけの出入り口が北側にも設けられ、嵯峨観光の南北一体化も進むなど、地元ではさまざまに期待が高まっている。そんな中、指呼の間ともいえる距離に位置しあう地元の「嵯峨」「嵐山」の2つの商店街が連携を強めている。観光地の商店街としてのあり方を盛り込んだ新たな商業ビジョンづくりに、今月から取り組む。京都市の商業ビジョンの重点戦略の一つ。地元の保勝会や大学なども加わる。

 「昨年末の花灯路には、93万人ものお客さんが嵯峨嵐山に来てくれた。その通り道の商店街として、観光型へのシフトは当然」−。嵯峨嵐山駅の南側にある嵯峨商店街で、五代続く寝具店を基に生活雑貨中心の新しい展開を図る加藤就一(42)がいう。同商店街の副会長。地域と観光半々の68店舗のあり方を今後どうしていくか、考えを巡らす。

 「もちろん、地域の商店街でなくなるわけにはいかない」と加藤。観光に力を入れるにしても「画一化したイメージの京都土産を置くような商店街ではいけない。嵯峨嵐山らしさをどう打ち出すか。これがビジョンづくりの重要なテーマ」と話す。

 「観光型へというからには、今以上に、観光客メーンの嵐山商店街と連携を深めていかなければ」と同商店街会長の山本芳男(69)。平成8年の嵐山商店街立ち上げの時から、先輩商店街として、さまざまにアドバイスするなど協力し、両商店街の合同事業などに結実させてきた。

細川政裕さん(左)と野田博さん

 「駅も変わり、歩道が広がるなど、人の流れも変わる。これを機会に、商店街も変わらなければ。お客さんがいるのに、早々と店を閉める、こんなことでは、恥ずかしい。観光客をもてなす意識をもっと高めたい」と意欲を見せる。

 一方の嵐山商店街は、天龍寺や大堰川に面した土産品、飲食店が中心の72軒で構成する。「観光地にありがちな一過性の対応とは違う、何度でも来てもらえるもてなしの心こそモットー」と、会長の野田博(69)はいう。かつてタレントショップが派手に登場し、あっという間に消滅した経験がある。「商店街の美化活動、露天の規制もする。障害者にも来てもらいやすいバリアフリーの商店街をめざし、手話の勉強もやっている。地味な取り組みだが、やがて、大きな効果が出るはず」と。

 「目先の売り上げが伸びても、その場限りのお客対応では、売り手の質も下がり、街が荒れる」と副会長の細川政裕(46)が言葉を継ぐ。

中西勤さん

 「100年以上も観光地として栄えてきた嵯峨嵐山とは何なのか。変えるものと変えてはいけないもの。これから2年間ほどかけてじっくり見極め、両商店街連携し、京都のどことも違う、嵯峨嵐山のオリジナルのビジョンづくりをしたい」。

 「嵯峨嵐山はある意味で、天下の景勝地と、あぐらをかいてきた。温泉、小水力発電、小倉百人一首のプロジェクト…と、近年、新しい魅力がどんどん加わり、まさに転機を迎えた。2つの商店街の連携強化によるビジョンづくりは、この動きを加速させる」と話すのは嵐山保勝会の会長中西勤(72)だ。

 商店街は、観光地の大事な顔でもある。「保勝会としても、一緒になって考え、観光業者のみならず、地域に住む人たちにとっても住んで良かったと思える観光地にしていきたい」と。

 これから嵯峨嵐山は、いったいどんな観光名所へと変わっていくのだろう。地域をあげてのビジョンづくりが、どんなイメージを結ぶのか、楽しみだ。(敬称略、「はる・嵯峨嵐山」終わり)

[京都新聞 2007年4月14日掲載]