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葵祭 5 典雅 悠久に

伝統の儀式、しきたりに魅力つきず

山科言泰さん

 きょう12日は、葵祭の重要な神事、賀茂御祖(みおや)神社(下鴨神社)の御蔭祭(みかげまつり)と賀茂別雷(わけいかづち)神社(上賀茂神社)の御阿礼(みあれ)神事が行われる。両社それぞれの本殿に神霊を迎える行事。15日、宮中の儀の後、勅使が御所から両社に向かう路頭の儀、そして神社で執り行われる社頭の儀と、葵祭のクライマックスを待つばかりとなる。

 王朝の雅(みやび)に陶然とさせられるのも当然。この祭りには、目に見えるもののほかにも、さまざまな「宝」がちりばめられている。明治以降、東京に移ってしまった宮中行事やわが国で、もっとも昔から引き継がれてきた神社、社家の貴重な儀式、しきたりである。

 「葵祭の宮中装束には、うそがないですねえ。幸いなことに、京都には明治、大正の御大礼のころに使われたものが残っていたことが大きいんですよ」というのは、葵祭の装束の着装を総括する元日銀マンの山科言泰(ときひろ)(82)。旧公家(堂上会京都支部長)で、衣紋(えもん)道山科流二十八世家元。祭り当日は、高位参列者の衣紋(着付け)担当者にアドバイスしたり、着付けを手助けする。

新木直人さん

 「祭りが終われば、今度は衣装をどう畳んで、畳紙(たとうがみ)に納めるか、これにも衣紋道で決まったやり方があります。葵祭は、こうした機会を与えてくれる貴重な行事。衣装や着装の方法をこれ以上失わないためにも、祭りを維持していきたいですね」と話す。

 終戦直後まで下鴨神社の神職をしていた父親から、60年近くも隔てて五年前宮司になった新木直人(70)。神主の子として、雅楽、蹴鞠(けまり)、乗馬、衣紋のけいこ。お供え用の料理や茶摘み、田植えまで、6歳の時から、さまざまな修練を積んだ。

 そんな中で葵祭には、特別な思い出もある。「昭和18(1943)年に、糺の森の馬場の走馬(そうめ)の儀で1回だけ馬に乗らしてもらいました。その馬場も、戦争が激しくなり翌年から芋畑に。路頭の儀も、社頭の儀もできず、祭りはその年から中断。昭和28年になってやっと再興されたんですよ」と。

 「こうしたこともあったが、葵祭は、その歴史と、儀式などの貴重な伝統が比類のない特色です。守り続けなければと思います。幸い、社頭の儀にも一般の方の関心もずいぶん高まっている。さらに市民にも参加してもらえるようになれば」と、祭りの将来の在り方に思いを巡らす。

田中安比呂さん

 上賀茂神社の宮司田中安比呂(65)は3年半前、明治神宮から着任した。そのすごさは予想を超えた。「何といっても、すべての神事、行事が千年以上も前から続いている。まったく何変わることなく」。真実驚いた。「遷宮で見られるように、同じことを、同じ形を繰り返しずっと続ける。これこそ日本の伝統文化そのもの。その典型が葵祭なんですねえ」

 また、祭りの持つ普遍性、現代性にも言い及ぶ。「下鴨神社から当社へと勅使が回られるのは、御所から近い順だからではない。下鴨には当社の祭神の母が祭られているのです。まず親にあいさつし、大切にしなければということを、ちゃんと教えているのです」。家庭崩壊がクローズアップされる今こそ、着目されるべき、と。

 行列保存会の副会長出雲路敬直(72)は、該博な有職(ゆうそく)故実の知識で葵祭に通暁。祭り当日は、御所で行粧と同祭りの解説を行う。

出雲路敬直さん

 「この祭りは、仮装行列ではないのです。その主な役はお公家さんや社家の人々。実際に祭りをする人が、諸式に正式にのっとって行う行列なんです」と出雲路。少し学ぶと、見方が変わる。「近衛使いは黒など、位によって衣装の色が違っている。また、社頭の儀などで、各役の人たちには担当がある。一体何をされるのか、前もって勉強しておくといい。そうすれば、祭りへの興味はうんと増します。葵祭のすごさ、深さ、京都の伝統文化の素晴らしさが分かってきます」とアドバイスする。

 古都に、悠久の王朝典雅をよみがえらせる葵祭。今年も多くの継承者らによって、不易の新しい一ページが加えられる。(敬称略。「葵祭」おわり)

[京都新聞 2007年5月12日掲載]