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五花街合同公演 4 宮川町

切前 円熟の芸で魅せる情愛の機微

若柳吉蔵さん

 建仁寺が面する大和大路の西側、鴨川に接する川端通との間に、南の松原通から北は団栗通へと石畳の小路が続く。花街宮川町。その小路には、この町の芸を象徴する春の「京おどり」の舞台「歌舞練場」。そして軒に三輪の紋章のついた赤い提灯のお茶屋が、軒を連ねる。

 江戸初期、出雲阿国が歌舞伎を興行した四条河原にほど近い。以来、芝居小屋が集まり、さまざまな役者や芸人が出入りする宿が立ち並ぶなど、大歓楽場としてにぎわった。こうして宮川町は、芸事と深くかかわってきた。近年、舞妓も多く、花街あげて芸の伝承へと力が入る。

 今年の合同公演で、四番目に登場する宮川町の演目は、長唄「船揃(ふなぞろえ)」。

ふく葉さん

 「最後の舞台の一つ前を、京都では《もたれ》といいますが、《切前(きりまえ)》ともいい大事な舞台。それを考え、最高の芸妓さんに、しっかり踊ってもらうことになりました」というのは、師匠の若柳流五世宗家家元若柳吉蔵(37)。17歳で家元を襲名、かつての宮川町独特の踊り(楳茂都(うめもと)流)も研究しつつ、芸・舞妓の踊りを指導する。

 「もっとも磨き抜かれた芸の2人の芸妓さんに演じていただく。屋形舟の中での男女の情愛の機微まで表現できる実力」といい「素人の踊りにはない、芸妓さんらしい洗練された立ち姿、華が十分に生きるような舞台にしたい」と意欲をみせる。

 円熟の立方(たちかた)2人は、ちづるとふく葉(は)。

富美蝶さん

 「自分だけではできまへん。バランスよく、息をうまく合わせて、1つの作品をつくっていこと思てます」と芸妓組合長のふく葉は話す。宮川町で生まれ育ったが、高校に入ってから、中学の同級生が舞妓になったのを見て、この世界に戻る気になった。そして30年。押しも押されもせぬ実力者に。「もたれで、プレッシャーもかかるんどすが、気負うことなく、さらっと、そして会場に負けんように大きく踊り、お客さんに楽しんでもらえたらうれしおす」と張り切る。

 踊りも唄も得意な歌舞担当の理事富美蝶(ふみちょう)は、今回は地方(じかた)にまわる。

 「なんでもそうどすが、よそさんのを見て、やっと、自分とこのもよそのも、そのよさ悪さがわかるんどす。ほんまに合同公演はええ機会どす」と。今年58回を数える「京おどり」には、最初から出演、半世紀以上の芸歴が誇り。「私とこは、唄も踊りも鳴り物も、全部やらんなんのどす。小さい子から大先輩まで、みんな仲ようこの伝統を守り、宮川町の芸を磨いてるのどす。年に一度、よそさんと一緒に、それを発表できる合同公演は大事どす。いつまでも続けてやっていただけたらと思てます」という。

駒井文恵さん、坪倉利喜雄さん、石原圭依子さん(左から)

 宮川町に生まれ、お茶屋の女将(おかみ)となり、副組合長をする駒井文恵。「とにかく大幹部もしっかりしてくれてはりますしね、舞も地方の唄も超一流なので」と、今回の《もたれ》に不安はまったくない。芸事には子供のころからなじんできた。「宮川町は、若い人が多く、これが強みどす。伝統を受け継ぐ若い子たちを、こうした大幹部が地方になったりで支えるという形が、今の宮川町の特色になってきました」と芸の伝承に手応えを感じる。そして同じ宮川町生まれの組合常務理事の石原圭依子も「今は踊りが精いっぱいいうような現状ですが、昔は小さい時から習い事したもんどす。芸の継承のためには、若い人に、苦しいけど地方をやらせることどす」と言葉を継ぐ。

 「宮川町の特色を見てもらうのに、こんなにいい機会はない」と組合長の坪倉利喜雄(67)。「花街がどんなものか、舞妓や芸妓が、どんな修業をするのか、お茶屋がどんな働きをしているのか。一般の人にもっと知ってほしい。きれいというだけではなく、芸こそ大事。それを示すようなしっかりした舞台を一丸となってお見せできれば」と。若さと勢い、それに円熟の芸こそ、宮川町の魅力という。(敬称略)

[京都新聞 2007年6月7日掲載]