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五山の送り火 1 先陣切る大文字

精霊導く炎 地元が支える宗教行事

藤野俊秀さん

 過ぎゆく夏の一夜、漆黒の山々に浮き上がる炎の象形…。人々の心を、熱く、あるいは切なく燃やす。この世にもどった精霊を、再び冥府(めいふ)へと導くという五山の送り火。中世の大灯籠(とうろう)由来の精霊送りは、途絶えることなく今年も16日、朱の焔(ほむら)で京の夜空を染めあげる。

 この行事の先陣を切るのは「大文字」。東山如意ケ嶽(にょいがたけ)の支峰大文字山(466メートル)の中腹で、午後8時に点火。75カ所の火床(ひどこ)に、その数6百束という膨大な量の赤松の割木(わりき)を積み上げ、燃え上がらせる。勢いよく燃え盛る炎の息吹は、2百メートル以上も隔てたふもとまでも伝わり、そのスケールと圧倒的迫力で、五山送り火を代表する。

 「防火扉がなかった数年前までは、熱風が舞い込んできまして、それは熱かった。手の甲や耳をやけどすることもしょっちゅうでした」と、すさまじい火勢の体験を話すのは、銀閣寺門前にあり、大文字寺ともいう浄土院の19代住職藤野俊秀(44)。大文字の点火と同時に、大の字中心部の火床「金尾(かなわ)」近くにある「弘法大師堂」の中で、30分ほども読経を続ける。

長谷川綉二さん

 浄土院はもともと天台宗の寺。それが浄土宗に改められた。そして、お寺には真言宗の開祖弘法大師が送り火の本尊としてまつってある。「独特の風習といいますか…。でも、これが昔からこの地域(旧浄土寺村)の人たちが大切にしてきた土着の信仰。私は、浄土宗の僧侶ですが、檀家のこうした信仰を大切に、送り火の行事の時は、浄土宗では異例のお勤めをして、古式通り霊をお浄土にお送りするのです」。父の務めを引き継いで、もう十数年がたつ。

 藤野の話す通り、大文字の強力な火勢は、地元の人たちの篤(あつ)い宗教心を映しているように思える。

久嶋憲二郎さん

 「この行事は精霊送りで、亡くなった人を供養するのが本来の意味。しかし最近は、あまりに観光行事化しすぎていると感じます。ましてや無神経に『大文字焼き』なんていわれるとねえ」と、不満を口にするのは特定非営利活動法人(NPO法人)・大文字保存会理事の久嶋憲二郎(66)。

 「合掌をして先祖を思う気持ち。この思いを表すために、サラリーマンも増えた地元のもんが相当な我慢や苦労をして毎年、大文字を続けているのです」と久嶋。「単に火を燃やしているのではない。観光で見てもらうのはいいが、地元が昔から大事に続けてきた宗教行事ということに、思いを致してもらえたら」という。

 さらに「村の先祖に対する思いから起こった地元の信仰。確かに最近は、何のために送り火をやるのか、外での関心が高まるほどに、これが崩れてきているように思います」と話すのは、同副会長の長谷川綉二(62)。地元での赤松調達など、送り火の資材の課題に直面し、山の問題から自然環境、精神のあり方まで、幅広い視点で大文字について考える。

藤田征平さん

 「先祖への思い、赤松、松葉、麦わらという昔ながらの材料で、一斉に赤々と火を燃やす。これを基本に、失敗しながらでも、しんどいけど続けていくしかないのです。こうするうちに、50年前にもう一度もどって、資材の育つ里山をきちっと整理していくという機運が生まれたらいい」と長谷川は思う。

 保存会会長の藤田征平(69)は、大文字五山保存会連合会の会長も兼ねる。「五山どこでもだが、会員の継承や資材の問題など、確かにいろいろ課題がある。大文字では、山に登ってくる一般の人も多く、事故も心配です。しかし、あの火をつける瞬間の緊張、燃えあがった時の充実感はそんな気苦労を吹き飛ばすんです」と。そして「何より、送り火のメーン『大文字』に携わっていることを光栄に思う。この誇りを支えに、今年も立派に、そして無事に送り火を点火したいですね」と声を弾ませる。

 東山の大文字、松ケ崎妙法、西賀茂船形万燈籠(とうろう)、衣笠の左大文字、そして嵯峨の鳥居形松明(たいまつ)−。京都四大行事のひとつ五山の送り火。約1時間、次々と燃え上がり、揺らめく焔のページェントは、見る者の心に、何か懐かしい思いをわき上がらせる。同時に、夏の終わりを告げる京の風物詩としてまた、人々を魅了してやまない。送り火に携わる人たちを訪ねた。

[京都新聞 2007年8月6日掲載]