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五山の送り火 2 家で継ぐ松ケ崎妙法

700年の踊り 誇り支えに自らの手で

北野正彦さん

 こすり上げ、すり下ろして打ち出す大太鼓のリズム。「南無妙法蓮華経」の音頭に合わせ、団扇(うちわ)や扇子を手にした男女が、緩やかに踊りの輪を広げる。15日夜、京都市左京区松ケ崎の涌泉寺で行われる松ケ崎立正会会員らによる「題目踊(おどり)」だ。続いて、素朴な歌だけの「さし踊」になると、一般の参加者も輪に加わり、翌日のお盆のフィナーレ「妙法」送り火へ、ムードは高まる。

 松ケ崎は、平安京造営と同時に、天皇に米を献上するため移住した100軒の集落がその起こり。そして、送り火の文字と題目踊りは、7百年の昔、「妙法」の文字が示すように、松ケ崎の全村民が日蓮宗に帰依したことに由来する、と伝わる。

山崎光三さん

 「これだけの歴史のある松ケ崎で、先祖代々、途切れることなく続いてきた行事です。私も次代につなぐ、というのが一番の思いです」と北野正彦(64)は言う。松ケ崎妙法保存会の副会長。中学1年生でもう、病弱の父親に代わり家を代表して1人、山に登っていた。

 「まだ金属製の火床はなく、割木(わりき)を、直接地面で井げたに組みあげる方法。松葉に火をつけ、点火しました」と思い出す。「風向きを気にしないといけませんし、いつ火小屋から点火の合図があるのか、緊張しました。けれど、子供心なりに、大事な行事に参加しているんだという充実感がありましたね」と語る。

岩崎恭輔さん

 送り火を守るのは、家。松ケ崎でも、いろいろと家の継続へ手段が講じられてきた。

 「私は41歳の時、跡継ぎがいなくなった松ケ崎の叔父の家に、子連れの夫婦で養子に入ったんです」と言うのは、松ケ崎立正会常務理事の山崎光三(71)。以来30年、今は「妙」の字に待機し、ふもとからの合図を待って、点火の指示を出す。

 「松ケ崎に来たとたん、妙の山で火床を担当してくれ、やったんです。何にも教えてもらっていないのに…。いざとなって、点火しようにも、どうにも火がつかない。1分もかかりましたか。冷や汗でびっしょりなって」という初体験。「えらいとこに来たなと思いました。が、経験を重ね、今はこんなええとこ住まわせてもろて、とご先祖さまに感謝してます」と笑う。

齋藤ヒロ子さん(左)と進さん

 「妙の字の女へんの横棒の担当は、大変。昔は火が草に次々燃え移るので、葉っぱのついた木の枝を振り回し、消火に奮闘しないといけませんでした」との体験は、同常務理事の岩崎恭輔(64)。父親は財団化後の初代立正会理事長を務めた。「題目踊、さし踊と、妙法の送り火が象徴する松ケ崎のお盆の行事は、これまではすべて、おやじ任せでした。これからは、私もがんばって、いつまでも継承していきたいですね」と話す。

 最初に紹介した2つの踊りは、松ケ崎の人々にとっては特別の思いがある。「生粋の松ケ崎生まれの松ケ崎育ち。祖母も母も、お盆のころになると三幅前垂れに赤いしごきという姿で踊り、それを知らないうちにまねしていました」と齋藤ヒロ子(75)。妹の林千賀子(74)らと、松ケ崎の踊りの希少な継承者として知られる。

三宅秀典さん

 「15日が近づくとけいこにいきますが、嫁も孫もみんな覚えてくれています。保存せなとか、そないきばらんでも…」と伝承に不安はない。「お盆にみんな家族がそろうことが大切。2つの踊りとも、送り火を機会に、おばあちゃんがちゃんと見せていけば、いつまでも伝わっていくと思います」と保存会理事長を経験した夫の進(79)が言葉を加える。

 「こうした貴重な伝統をもつ送り火と踊り、太鼓を、これからも地元のもんで、いつまでも続けたいんです」というのは、立正会理事長と保存会会長を務める三宅秀典(69)。火の大きさを一定にする割木の統一や広い角度から見られるよう間伐を実施するなど、妙法の魅力アップに手を打ってきた。

 「実際、松ケ崎の79軒だけでやっていくのはしんどいことも多い。ボランティアの申し込みもあります。しかし、自分たちの手でやるというのが一番大切。先祖を思う宗教心に、苦労をしてでも自分たちでという強い思いがあるからこそ、続いてきたのだし、これからも継承していけるのです」。三宅の確信だ。

 万灯籠(まんとうろう)山と大黒天山に妙、法の火文字が浮かぶのは午後8時10分。前夜に続き、涌泉寺で盆踊りの輪が広がる。そして、松ケ崎の夏もゆく。(敬称略)

[京都新聞 2007年8月7日掲載]