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五山の送り火 4 左大文字

独創の松明行列 晴れ舞台力合わせ

岡本義行さん

 暮れなずむ夜空に、大松明(たいまつ)と手松明の焔(ほむら)が、波となって揺らぎ、広がる。16日午後7時すぎ、京都市北区衣笠街道町にある法音寺の境内、4番目に点灯される左大文字の送り火行事の始まりだ。

 直径20センチ、長さ3メートルをゆうに超える青竹の先に、松ヤニを十分に含んだ松の割木(わりき)「じん」を結わえつけた大松明。重さは実に50キログラムを超える。灯明を移した点火台で、この大松明が燃え上がると、そろいの法被を着た左大文字保存会会員50人ほどが、次々と手松明に火をともす。そして一団は、屈強の若衆が担ぐ大松明を中央に大小の炎を連ね、約5百メートル離れた大北山(大文字山)へ行進する。

 五山で他に例のない、左大文字独特の「松明行列」。

岡本芳雄さん

 「お寺の角には高灯籠(とうろう)、門前の街道の24カ所の家では門火がたかれ、精霊送りのムードが高まる。行列を見に来る人も年々増え、そんな中を歩くと、何か晴れがましく、行事に加わっていることへの励みになりますね」と話すのは、保存会で会計を担当する岡本義行(56)。27歳の時、大松明を担いだ。

 「大松明の担当は、実は大変なんです」と岡本は言葉を継ぐ。「お寺からは、担ぎ手2人と押さえ役の計3人で歩き始めるのですが、細い山道にかかると2人が並んで担げない。まるでキリストが十字架を担ぐスタイル。1人で登り道を約2百メートルも。松明は重く、髪の毛が燃えるほど熱い。もう絶対やりたくないと思うほどつらかった」と。

岡本寛子さん

 左大文字のこの行列は、意外と新しく、始まったのは昭和37(1962)年ごろ。三代前の保存会会長の発案という。送り火の裏方ばかりでは、張り合いがない。ハレの場を作れないか、というわけだった。これが地元で受け入れられ、すっかり定着。観光的にも多くの人の注目するところとなってきた。

 「送り火の作業は、暑い中で、ほんまに黒衣(くろこ)かぶってるようなもんでねえ、準備に後かたづけとしんどいばっかり。なんか報われることがないんか、とみんなが思うところだった」と振り返るのは、保存会の副会長岡本芳雄(62)。「松明行列は、特に若いもんにとっては、願ってもない晴れ舞台。中学1年から準会員として保存会に入会させていますが、このかっこよさが、魅力となってきているようです。だから、左大文字の継承は今のところ、保存会のメンバーだけでも、大丈夫」と、松明行列の存在を評価する。

岡本克己さん

 そう話す岡本の妻寛子(60)は、16日は朝から大忙しとなる。他の保存会幹部の夫人ら7、8人で、松明行列を前に腹ごしらえする会員らのため、握り飯をつくる。「午後3時ごろまで、炊いては握り、を繰り返します。おしゃべりもできるし、年に一度の楽しみ。最近は、無病息災にと、見物の人で求める方も」と、左大文字の行事が広く知られてきたことに目を細める。

 「松明の魅力も大きいですが、引退の制度もなく若い者から年寄りまで、会員みんなが現役として、それぞれの力に応じた役割で協力し合う。これが、左大文字のすばらしさ」とは、保存会幹事の岡本克己(62)。「力のある人は力、知恵や経験のある者はそれを教える、これがわが保存会の伝統で、いつまでも変わらぬ左大文字送り火の魅力につながっている」と自負する。

田中博至さん

 こんな会員の手によって頂上に運ばれた大松明から、いったん火の消された手松明に、再度火を移し、いよいよ、53カ所の火床に点火される。この時、東山の大文字と違い、「大」を書く筆順通りに火文字が描かれていくのが特徴だ。

 「微妙な筆順通り火が点(つ)くのか、私がたたく銅鑼(どら)が合図です。そのすばらしさは言うまでもないが、実はその前に、再度点火して並ぶ会員の手松明で、うっすらと『大』の字が浮かぶのです。これも、あまり知られていない見所」と、会長の田中博至(70)はいう。「割木の数が多いこともあり、きれいな火文字が30分も続く。それは、伏見や宇治の小倉からも見えるほど」と、その魅力を語り「こんなすばらしい送り火行事。孫子の代、さらにその先いつまでも続けたい。先祖を思う気持ちがエネルギー。特に、先祖行事が希薄になりがちな分家の家庭で、この意識を高めたい」と田中は思う。

 午後8時15分、彼岸に帰る精霊へ思いを込めた「大」の火文字は、衣笠の夜空に赤々と浮かぶ。(敬称略)

[京都新聞 2007年8月9日掲載]