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五山の送り火 5 鳥居形松明

古式に創意重ね 「走る」火勢に誇り

今井滋基さん

 かつて京都では、10カ所の山々で送り火が行われていたと記録に残る。往時、いかなる壮観だったか興味深いが、当時の送り火の主役は、五山となった今主流の井げた組みの松割木(わりき)にあらず。それは太い松明(たいまつ)だったといわれる。

 松ヤニを十分に含んだ「じん」という小割りした松の割木を太く束ね、親火から火を移し、それを火床(ひどこ)において送り火とした。強い火勢と、真っ赤な炎がその特徴。

 五山最後に点火される京都市右京区嵯峨鳥居本の鳥居形松明は、このプリミティブな資材、手法を今も継承する。

 「『束(そく)』と呼んでいますが『じん』の松明は、ほんとうに先人のすばらしい知恵。実は、オイルショックのころ、代替できるものがないかと、固形燃料とかいろいろ試したことがある。けれど、だめでしたねえ。『じん』に勝るものはなかった」と話すのは、鳥居形松明保存会「長老」の一人今井滋基(67)。

今井幸雄さん

 「束」は高さ70センチほど、直径は下部が25センチの大松明。先端を広げて形作るところがスムーズに火を燃え上がらせるポイント。「油をつける必要も一切ないですよ。どんなふうに作るか、ああだこうだとわいわい言いながら、みんなで集まっての松明づくりは、ひもの結び方など、貴重な伝統技術の伝習にもなる大事な作業」と話す。

 良質な「じん」は希少になってきたが、今のところ入手は順調。「鳥居本近くや、周山、京北の山で見つかる60年から100年立った立ち枯れの松が最高。その根や節の部分を使うんですよ」と保存会会長代行神田敏広(47)。仕入れた松を、大割り、小割りという作業を経て「束」に仕上げる。こうしてできた大松明は、今でも会員が担ぎ、曼荼羅(まんだら)山の火床まで運ぶが、着火にも独特の方法がある。

 「山上7カ所の親火の周囲で、あらかじめ松明をあぶっておくのです。すると、熱せられた部分から松ヤニが吹き出して気化し、いつでも着火可能に」と神田。「これが、合図とともに燃える『束』を素早く火床へ運び、鳥居形独特の『火が走る』と表現されるスムーズな点火となる秘密です」と説明する。

荒毛谷潤さん

 強い火勢には、もうひとつ仕掛けがある。昭和39(1964)年ころ採用した、おわんのような受け皿を持つ鉄製の火床だ。

 「それまでは、くいを打って竹を結んだり、燃えたら燃えたで、倒れるので、それを立て直さないかんとか、松明をうまく燃やすには、いろいろ苦労があったんですよ」と、保存会の最長老今井幸雄(69)が話す。当時、先の滋基が副会長を、幸雄は会長を務めていた。送り火の不便を解消しようと取り組んだ。

 「東京オリンピックのころ、ひとつ聖火台みたいなのを、という話になりました。5つほど試作した。どうしたら火が真っすぐ上がるか、風穴の位置とか試行錯誤で3年も」と思い返す。かくて直径70センチの受け皿を、高さ1メートルの支柱が支える鉄製火床が完成した。その数は、煩悩と同じ108基。

神田敏広さん

 受け皿の中央の鉄棒に「束」を突き立てるだけで、炎は長く安定して燃え「手間暇は格段に軽減された」と今井。「しんがりの送り火ですし、少しでも長く点(とも)したい。『じん』の松明と火床の威力がそれを可能にした。こんなに赤い色が強烈で、火の上がりのいい送り火は、他にないでしょう」と誇らしげだ。

 鳥居形松明の鳥居本地区は近年、住宅地として住民が増えている。(新住民にも)開かれた保存会を標榜(ひょうぼう)し、会員は18歳以上の43人になった。底のころに比べると倍ほどの数で「今では『定年制』を導入するかなんて冗談が出るくらい」と話すのは会長の荒毛谷潤(42)。「旧来の家筋とかは問わない、開かれた保存会は、新しい在り方。これは、さまざまに地域のコミュニティーづくりに役立っており、送り火に関しても現在がベストの状況」と思う。

 ただその一方で「絶対変えてはいけない」と考えるものがある。「『じん』を使った松明による昔ながらの送り火のやり方です。火が走る鳥居形の独自性を、どんなことがあっても守る。この意識さえあれば、時代の変化で時々に起こる問題も解決でき、鳥居本の送り火が廃れることはない」と荒毛谷は確信する。

 古式の手法と、新規性を併せ持つ鳥居形松明。今年も午後8時20分、鮮烈な炎の象形をほとばしらせ、名残の夏夜を染め上げる。(敬称略)

[京都新聞 2007年8月10日掲載]