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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

五山の送り火 6・完 なぜに胸打つ

先祖思う精神性連綿 心に点る火

糟谷範子さん

 東から北、そして西へ、京都市周辺五山の峰で、8月16日夜、次々と、送り火の炎が燃え盛る。東山「大文字」、松ケ崎「妙法」、西賀茂「船形万燈籠(とうろう)」、北山「左大文字」、そして嵯峨曼荼羅(まんだら)山の「鳥居形松明(たいまつ)」。紅蓮(ぐれん)の炎の象形は、それぞれの地域の人たちの、先祖や近しい人たちの霊への思い。行事は、深い精神世界に根差している。

 同時に、五山の送り火はまた、京の夏の風物詩。夏を送る炎の一大観光行事(ページェント)として人々を魅了し、全国から、京へと多くの人を招き寄せる。

 「夏枯れといわれるこの時期にも、観光客が多くなってきている。祇園祭と並ぶ五山の送り火は、自然景観を背景にした壮大な催し。京都の夏の観光キャンペーンに欠かすことはできません」と、京都市観光協会の事務局長本部(ほんべ)正一(56)。京都四大行事のひとつとされるその存在の大きさをいう。

本部正一さん

 ただ、PRでは、宗教的な側面に配慮がなされる。一度に五山すべてを見渡せる公的な観覧席も設けられない。

 「確かに京の夏が終わる象徴的な行事といえます。しかし、あくまで地元の人たちが先祖を送る、宗教行事であることが大前提なんです」と本部。「単なる火の祭典ではない。先祖や亡くなった人たちを思う気持ちで、脈々と大切に続けられてきた伝統の行事。これこそ、また京都の催しの魅力なのです」と話す。

 「送り火を見ると、なぜか胸を打つものを感じるはず」と言うのは、京都市の文化財保護課長糟谷範子(46)。大文字五山保存会連合会の事務局の代表。日ごろ、保存会と、さまざまなサポートや調査でかかわり、地元での継承への努力や行事を行うための苦労を身近に知る。

赤井久克さん

 「五山それぞれ、わずか2、30分の送り火なのですが、各山ではそのために、1年もかけて準備をされます。地元の人たちの先祖を思う高い精神性がこのご苦労を続けさせ、それがまた、なぜか胸を打つ送り火となり、これだけ多くの人たちの心を引きつけるのだと思います」と糟谷は話す。ただ表面の観光に終わらず、この精神性に思いが至れば、送り火は、さらに味わい深いものになる、と。

 各保存会の関係者らと火床の修理や調査にまわる同課の普及調査係長北田栄造(52)も、精神性の高さを特に大事と思う。「連綿と引き継がれてきた行事。淡々と地元が、これまでと同じことを、同じように続けていける環境を整えることこそが重要。各山の連携をもっと図り、地元の意気込みをさらに促したり、後継者育成につながるようなサポートができれば」と自らの役割を話す。

北田栄造さん

 他の伝統行事同様、資金面を中心に送り火を支えるのは昭和44(1969)年設立の京都市文化観光資源保護財団。業務課長の赤井久克(57)は37年も送り火とかかわってきた。「この間に両親を2人とも亡くしました。その時、あらためて送り火の意味をかみしめたのです。公私ともに意義深い行事となり、心から手を合わせましたね」と、送り火の深さに言い及ぶ。

 「心なくも『大文字焼き』なんていわれると、がっかりします。地元の人たちの間からは、常に自分たちは、立派に送り火を点(とも)す。だから、これをしっかり見られるような環境をという声が強い。この思いに応えるためにも、送り火の意義をきちんと伝え、山、市内各所の遮へい物を整備するなど、これから対応していかねばならない問題は多い」と赤井は言う。

斉藤利彦さん

 「送り火の根底には、日本人共通の心象としての先祖信仰があるのです。それゆえに、見た人は、思わず手を合わせてしまう」と、その宗教性を語るのは、佛教大アジア宗教文化情報研究所ポストドクター斉藤利彦(36)。

 「観光化は時代の要請」としながらも「五山の送り火が持つ、共同体の先祖信仰という根幹を見失わず、地元の意志を尊重し、年中行事として続けられる環境を整えることです。そして観光客は、距離をもって楽しむというのがいいのではないか。そうしていけば、おのずと観光的にも活性化されていくはず」と話す。

 日本を代表する精霊送り京の「五山送り火」は、16日午後8時、点火が始まる。それぞれに燃え立つ五山伝承の焔(ほむら)は、今年も人々の心に、かすかに遠くなっていたことどもを呼び覚ます。(敬称略、「五山の送り火」終わり)

[京都新聞 2007年8月11日掲載]