Kyoto Shimbun 1997.9.18



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京都駅ビル全面開業




 ■周辺整備■

 地上約100メートルの京都タワーの展望台から、グレーの色調にずっしりと質感のある新京都駅ビルの威容が見下ろせる。駅前にはき出される大量の人々の流れ。ところが、少し東に目をやると、ビルの谷間にポッカリと口を開けたように、いくつもの更地が目につく。

 「あそこはバブル時代に地上げで揺れた土地ですよ」。駅前の塩小路通と七条通にはさまれた材木町周辺を指して展望台案内人の一人が言った。

  駅ビルは完成したが、周囲にはまだ更地が目立つ

 1980年代後半から京の地価が急騰。京都駅周辺は地上げのターゲットとなった。「たった100坪で40億円。そんな話があちこちで聞かれた」と地元の住民が言う。

 しかし、狂乱した地価は、バブル崩壊とともに急落。駅をはさんで南北周辺地域は、一等地という恵まれた条件にもかかわらず、現在も「虫食い状態」のままだ。3千坪を超える材木町や駅南口周辺の更地には、駐車場などが目立つようになった。

 必要な"核"施設

 「新駅誕生で周辺のポテンシャルは高まっている。活性化のための核となる施設がぜひとも必要なのだが」。新駅が華々しくデビューした一方で、土地をうまく生かしきれていない現状を、京都タワーの竹中寛企画部長は残念がる。

 もともと、駅再開発に合わせ、周辺では高度利用の構想が京都市や民間レベルで進んでいた。京都市は86年度に「駅南口周辺地区都市総合再開発促進計画」をまとめ、駅前の八条通、九条通と油小路通、竹田街道で囲まれた約40ヘクタールを、業務、住宅など活用別にゾーンニング、民間活力を導入した再整備を進める計画だった。

 3ブロックに区画した駅前には、84年に完成したアバンティに続き、観光拠点施設や京都商工会議所のツインタワービルなどの構想が浮上していた。

 ところが、バブル熱が冷え、民間の動きも低下した。駅南口には更地が目につき、駅北口の材木町も眠ったまま。周辺商店街も後継者不足で、七条商店街振興組合の樋口信一理事長は「店をたたむところも多い」と悩みを打ち明ける。

 更地目立つビルの谷間

 駅の東側、鴨川沿いの崇仁地区(下京区)も、市の住宅地区改良事業計画(約25ヘクタール)は、まだ進ちょく率約50%。京都市が住宅建設に取得した用地が「空き地となってあちこちに点在している」と、同区自治連合会の奥田正治会長は嘆く。

 新駅ビルの誕生とともに、北は「保全・再生」、南は「創造」の二面から都市整備が進むはずだった。現在のところ計画は十分に進まず、真新しく輝く新駅だけが目立つ。

 地域ごとに動きも

 しかし、新駅ビル開業を契機に、徐々にではあるがまちづくりに向けた動きも出てきた。

 北口周辺では商店街や東西本願寺が参加した「にぎわいづくり推進連絡会」が立ち上がったのをはじめ、南口でも自治連合会など地域団体が近く「山王まちづくり協議会」を発足せさる予定だ。崇仁地区も昨年7月に地域住民が結集した「崇仁まちづくり推進委員会」が、地域の再整備に向け11月にも基本構想を市に提案する。

 こうした地域ごとの動きをどう体系づけ、再生につなげるか。京都市では「民間進出を促すため誘導策を検討している」(都市づくり推進課)が、まだ具体策は見えない。民間事業者からは「八条口以南は、高さ制限の緩和や事業所税の軽減など思い切った策が必要」の声も聞こえる。

 人口減少、商店街の低迷…。京都が抱える課題を凝縮しているように見える駅周辺。新駅ビルを核にした整備は「行政、民間、住民の一体化」という市政ビジョンの段階から、具体的なまちづくりを描く実行の時期にきている。

(おわり)


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