2008年の北京パラリンピックに出場する京都、滋賀選手

 障害者スポーツの祭典、北京パラリンピックが6日から17日まで開催され、日本からも162人の選手が17競技に出場する。京都、滋賀から参加する6選手を紹介する。


競泳
北村友里(29)

まずは決勝進出目指す

北村友里さん

 アテネ大会と同様に、百メートル平泳ぎの1種目に出場する。世界ランクは9位。まずは決勝進出が目標だ。「メダルは厳しいだろうが、少しでも上位を目指したい」と控えめに話す。

 京都市北区の出身。16歳の時に脳腫瘍(しゅよう)を患って手術を受け、19歳の時に後遺症から脊髄(せきずい)を損傷して下半身がまひ。3歳から始めた水泳も「できなくなるかもしれない」と心配した。だが「やってみると手だけで泳げたので続けられるなと思った」。働きながら京都市障害者スポーツセンターで練習を続け、アテネでは決勝に進み2分7秒64で6位に入った。その後、水をかく時の腕の位置を下げてみるなどコーチの指導でフォームを改造。タイムは2分3秒41まで伸び、「やってきたことは間違ってなかった」と感じる。

 日の丸をつけての活躍は、同じような障害で競技する他の選手の励みにもなる。「やらなければという気持ちはある」と意気込みを話す。(京都市北区)


競泳
江島大佑(22)

強気展開 手応え感じる

江島大佑さん

 「自分が納得できる泳ぎができれば結果もついてくる」。二百メートルメドレーリレーで銀メダルに輝いたアテネ大会に続く2度目のパラリンピックへ、力を込める。

 今大会は百メートル背泳ぎ、五十メートルバタフライ、二百メートル個人メドレーの3種目に出場する。「前半から前に出て、後半にばてても踏ん張りたい」。性格同様に強気のレース展開を思い描く。

 桂川中2年の時、学校で競泳の練習中に脳梗塞(こうそく)にかかり左半身がまひ。競技だけでなく、生活そのものへの不安から頭が真っ白になったという。だが「悩んでいる時間が無駄。そんな暇があればリハビリに使おう」と前を向いた。京都両洋高−立命大でも障害のない部員と同じ練習を重ね、日本を代表する選手に成長した。

 世界最高峰の選手と戦うスタミナを養うため、筋力トレーニングも積極的に行い「最近は体格の変化を感じている」。手応えを感じつつ北京に乗り込む。(京都市西京区)


シッティングバレー
中山要(33)

故障乗り越え連続出場

中山要さん

 「厳しいブロックに入ったが、7位だった前回より一つでも上を目指したい」。故障を乗り越えて2大会連続出場を果たした。復帰を後押ししてくれた仲間の思いを受けて大会に挑む。

 1998年に自動車事故で左足を切断。リハビリ中にシッティングバレーに出会い「すぐに入り込んだ」。2000年のシドニー大会は代表入りを逃したが、「常にトップレベルでやりたい」と週末もすべて練習に費やし、02年に代表入り。セッターとしてアテネ大会に出場した。

 06年に北京大会出場を決めた後、右ひざを痛めて医者にプレーを止められ、コートを離れた。だが「彼の機動力はチームに欠かせない」という冨田監督らが復帰を要請。足への負担を和らげるため体全体の筋力を強化し、昨秋、代表に戻った。

 持ち味の素早い動きを磨くため、半年間で10キロ減量。「呼び戻してくれた仲間に応えたい」と、強い意気込みを語る。(京都市北区)


シッティングバレー
金田進(48)

最年長 チームを支える

金田進さん

 よく笑い、声を出す。しかる口調も朗らかに。スタッフも含めチーム最年長の48歳で初めて代表入りした。「空気を読んで、テンションを上げていくのも役割」とチームのサポート役を担う。

 選手登録だが、実質的にはマネジャーという異色の役割。今年3月、20年来の知人である冨田監督から代表入りを要請され、1週間悩んで決断した。期待されたのは豊富なスポーツ経験だ。

 競技歴30年を超すテニスのほか、競泳でも全国大会に出場。ボディービルにも打ち込んだ。シッティングバレーは未経験だったが「筋トレやメンタル面のケアなどで手伝いができる」。これまで培った整体師らの人脈も活用し選手を支える。

 生後半年で右足に障害を負ったが「自分にはこれが普通」と意に介さず、元気の良さでチームに活を入れる。「最初は練習に緊迫感が足りなかったが、今はすごくいい雰囲気。本番でもいいとこまで行けそう」と期待する。(京都市左京区)


シッティングバレー
田中浩二(41)

3連続出場 雪辱胸に

田中浩二さん

 2000年のシドニー、主将を務めたアテネに続き、3大会連続の大舞台となる。世界の強豪の壁は厚いが、「エースとしてチームを引っ張り、7位だった4年前の雪辱を果たしたい」と決意を口にする。

 1998年2月、交通事故で左足のひざから下を失った。翌年競技を始め、10カ月で日本代表に選出。「五輪選手になりたいという夢がかない、回りを顧みず前へ前へ突っ走ってきた」

 直前合宿では、予選突破の鍵となるエジプトとの対戦を想定し、実戦練習を重ねた。酷使してきた肩の痛みもあり、体のケアは欠かせないが、「チームは、世界に立ち向かう気持ちで一つにまとまった。自分の持てる力を出し切る」。

 8歳の長女と4歳の長男は、過去2大会の年に生まれた。北京には妻香織さん(31)ら家族が駆け付ける。「娘の声はコートによく響くんです」。スタンドの声援を力に1点でも多くたたき出すつもりだ。(滋賀県余呉町)


陸上
寒川進(39)

筋力、スタートも向上

寒川進さん

 初出場した前回のアテネ大会千六百メートルリレーで銅メダルを獲得した。今回出場する四百メートル、八百メートルの個人種目も含め「経験を生かせる。出るからには前回以上の成績を」と意気込む。

 アテネで燃え尽きることなく4年間、北京を目標にしてきた。「メダルが取れたこと以外は納得できなかった」。予選落ちした個人短距離種目で世界と戦うため、腕の筋力アップやスタート技術の向上に取り組んだ。

 今月下旬で40歳になる。思うようにタイムが縮まらず「考えすぎてうまくいかなかった面もある」と語る。だが、世界のレースを転戦し、全国車いす駅伝では京都チームを引っ張ってきた精神面の強さは周囲の誰もが認める。

 「初出場で右も左も分からなかった」前回とは違う。長女の日和ちゃん(2)という大切な家族も増えた。「自分の百パーセントの力を出し、納得できたらいい」。娘の記憶に残る走りを願っている。(京都市西京区)