野口 連覇へ一直線 
五輪マラソン代表決定

北京五輪マラソン女子代表に決まり、健闘を誓って握手を交わす野口みずき(左)と藤田信之監督=京都市下京区のホテル

 北京五輪の男女マラソン代表6人が10日発表され、日本の五輪3連覇が懸かる女子はアテネ五輪優勝の野口みずき(シスメックス)をはじめ、土佐礼子(三井住友海上)中村友梨香(天満屋)、男子は尾方剛、佐藤敦之(ともに中国電力)大崎悟史(NTT西日本)に決まった。補欠の男子は藤原新(JR東日本)、女子は森本友(天満屋)になった。

 野口とアテネ五輪5位の土佐は、女子では有森裕子に次ぐ2度目のマラソン代表。残る4人は初代表。中村は初マラソンで五輪代表を射止め、女子では1992年バルセロナ大会の小鴨由水、96年アトランタ大会の真木和に続き3人目となった。男子の3人は全員が世界選手権のマラソンに出場している。

 日本陸連は10日の理事会、評議員会で代表を決定。沢木啓祐専務理事は期待の女子について「大きなプレッシャーをどう受け止めるかで(メダルの)色が変わってくる」と述べ、男子については「堅実」と評価しながらも、「メダルは極めて厳しい」と話した。

■ 北京へのレール 見えた

 「きょう初めて北京への戦いのレールが見えた気がする。空に向かって伸びている」。五輪代表に決まった野口みずき(シスメックス)は2008年3月10日の会見で、そう心境を表現した。11月の東京国際女子マラソンを大会新で制し五輪切符は確実にしていたが、その後も北京について触れるときは謙虚に「もし決まれば」と必ず前置きしてきた野口。五輪初の女子マラソン2連覇へ向けていよいよ本格的にスタートを切る。ライバルも多く、コースも厳しい。気持ちを引き締め直しているのか、会見では時折、少し硬い表情ものぞかせた。

 マラソンはコースとの戦いでもある。連覇の重要ポイントである北京の情報収集は、東京国際マラソン後すぐに始めた。昨年12月、シスメックスの藤田信之監督と広瀬永和コーチが北京を訪れ大会コースを視察し、今後の活動拠点となる宿舎も確保した。現地での練習に使うコースも見つけ、準備の入念さはアテネ五輪の前以上だ。

 その結果、北京の条件の予想以上の厳しさが分かった。スタート時の気温が35度に達したアテネをしのぐといわれる暑さに加え、高湿度や空気の汚れ、急造道路が多く不安な路面状況…。未知の要素もたくさんある。「北京ではアテネの時と同じ練習で勝てるほど甘くはない」と、野口、藤田監督ともに口をそろえる。

 そういう条件下でどう勝つのか。女子中長距離の指導が40年になる藤田監督は綿密に連覇への戦略を練り上げている。会見では何度も「勝つには…」と繰り返した。

 東京国際の後から、8月17日のレースに向けた長期的なプランをしっかり練り上げ、今のところほぼスケジュール通りに進んでいる。中国・昆明での高地合宿で発疹ができたため、予定を早めて帰国したが、「昔から何度か経験した発疹と同じ」(野口)で、さして問題にはしていない。

全国都道府県対抗女子駅伝で三重チーム9区を区間賞で駆け抜けた野口(1月13日、京都市右京区・西大路通五条)

 今後は国内合宿を重ねた後、5月から1カ月に約1300キロ走り込む本格的なマラソン練習に突入する。5月下旬から昆明で、さらに6月下旬からはスイスでそれぞれ1カ月程度の合宿を組む予定だ。そしてレース直前は涼しい北海道で最終調整−と、野口と藤田監督の頭の中には8月まで練習の青写真が細かく描かれている。会見で野口は「レース当日に百パーセントの力を出し切る」と言い切った。そのためのプランはしっかり決まっている。

 そして相手は−。世界記録保持者のラドクリフ(英国)、アテネ五輪銀メダルのヌデレバ(ケニア)、世界選手権銀メダルの周春秀(中国)らの名前が挙がるが、野口は「マラソンという種目はどんな選手が現れてもおかしくない」と言う。慎重さとともに、一度世界を制した自信のようなものも読み取れた。

 レースまで5カ月余り。藤田監督は野口の仕上がり方などを踏まえながら戦略を練り続けるはずだ。

 10日も野口は普段と同じように午前6時から練習し、同11時から西京極のサブトラックで1万6000メートル走り込んだ。着実に北京に備えている。


■ 選手略歴

野口 みずき(のぐち・みずき=女子マラソン)
 04年アテネ五輪金メダリスト。マラソンは02年名古屋国際以来6戦5勝で、2時間19分12秒の日本記録を持つ。三重・宇治山田商高出、シスメックス。150センチ、41キロ。29歳。三重県出身。

野口みずきのマラソン全成績

(2008年3月11日付け紙面)

あらかると SPORTS