豊郷出直し町長選を終えて

(上)解職派の失速
「校舎」以外政策欠き

 大野さん当選の一報に、「信じられない」と、驚きの声が広がった伊藤定勉さんの事務所(滋賀県豊郷町八町)

 校舎問題に端を発し、町長解職となった滋賀県豊郷町の出直し町長選は、前町長の大野さんが返り咲いた。次点の伊藤さんとの差はわずか55票。昨秋から、校舎立てこもり、町を二分した住民投票など、約半年間も続いてきた町の混乱はひとまず決着した。だが、豊郷町は変わったのかどうか。滋賀で最も狭い町に一連の騒動がもたらしたものは何か、それを探った。(豊郷小改築問題取材班)

 豊郷町長選の開票が行われた27日午後10時すぎ、「大野和三郎氏当選確実」の速報がテレビに流れた。解職派住民グループ「豊郷一新の会」が推す元町議伊藤定勉さん(55)の事務所では、詰めかけた支持者が一瞬、静まり返った。大野さんの万歳が映った。支持者から「どう責任を取るんだ」と厳しい声が飛んだ。

 町長選では、同会を抜けた元町長戸田年夫さん(61)を含めた3人が激しく争った。落選した伊藤さん、戸田さんの合計票は、大野さんの得票を210票上回っていた。会の伊藤寛代表(62)は「候補者を一本化できなかったのは力量不足だった」とうつむいた。

 「みなさんとは考えが違うようだ。私は私でやっていく」。3月27日の夜、同町石畑の伊藤代表宅で開かれた候補者選定会議で、戸田さんは言い放った。会議が始まってわずか10分後、席を立った。脱会だった。

 解職派の候補者選びは難航した。3月9日のリコール成立の翌日、豊郷一新の会は「町内からの公募も視野に」「政策を発表してもらい、公開討論会で決める」との選定方法を示し、同月21日をめどに決めると発表した。だが、公表は4月1日までずれ込み、討論会もなかった。

 伊藤代表は「妨害を恐れて公募は差し控えた。(内々で)3人の希望者は出たが、後に辞退した」と、長引いた理由を語る。

 しかし、戸田さんの言い分は違う。「本当はリコール直後に候補者は伊藤定勉さんに決まっていた。支持者を納得させるのに時間がかかっただけだ。町民との約束を守らない密室体制に大野町長と似た雰囲気を感じた」と打ち明ける。

 解職派の足並みの乱れをよそに、大野さんは準備を着々と進めた。リコール直後から、2000軒以上の家を回り、校舎新築の必要性を説いて、解職賛成票を切り崩して行った。選挙でも市町合併など政策論争を挑んだ。

 一方、伊藤定勉さんは「校舎の保存再生」以外に目立った政策が見られなかった。豊郷小に通う子どもの父親(43)は「改修の具体的なビジョンが聞けなかった」と話す。当選後、大野さんは「政策の優劣を判断いただいた結果だ」と得意げに話した。

 龍谷大法学部の富野暉一郎教授(地方自治)は「町長の政治手法を批判してリコールを成立させた。なのに政策論争を学校の利用問題だけにしてしまい、リコール票が分散した。候補者を一本化できなかったことも致命的だった」と分析する。

 開票結果は、大野さん2204票、伊藤さん2149票、ほぼきっ抗した。戸田さんが獲得した265票が明暗を分けた格好だ。

 住民運動に詳しいジャーナリスト今井一さん(48)は「住民運動は心を同じくする人が信念に基づいて行動すればよい。だが、選挙は考えの違う人の気持ちも考えて票にしなければ勝てない。全国的に首長選で住民運動派が負けるのはそのためだ」と指摘する。

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