確証なき無差別殺人 毒物カレー事件判決(1)
ヒ素絡みで着手しろ 世論意識した高検

 「ヒ素か保険金詐欺か」。1998年9月14日、大阪高検の会議室。毒物カレー事件の捜査は、その突破口をめぐり、緊迫した論議が続いていた。

 「強制捜査は保険金詐欺容疑だけで世論が納得するのか。ヒ素の絡む殺人未遂事件で着手しろ」

 高検幹部が迫った。相手は和歌山地検のカレー事件担当検事。

 「ヒ素関係の捜査はまだ進んでいません。まず保険金詐欺で」

 食い下がる検事にヒ素にこだわる幹部が言った。

 「カレー事件につながるものがないと駄目だ。着手を半月延ばして、ヒ素関連の捜査を詰めろ」

 有無を言わせぬ最後通告だった。

 約2カ月前の7月。和歌山市園部の夏祭り会場で、ヒ素入りカレーを食べた4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒になる無差別 殺人が起きた。容疑者に浮上したのは林真須美被告(41)。

 自宅を報道陣が取り囲み、冗舌ぶりが格好の取材対象となり「時の人」に。しかも、捜査の過程で、ヒ素入りの食べ物で知人らの殺害を図ったとされる疑いや保険金詐欺疑惑も次々浮かび、事件への関心は異様な高まりを見せた。

 だが、強制捜査の「Xデー」を前に捜査当局には不協和音が響いていた。保険金詐欺容疑を主張する和歌山地検と、ヒ素絡みの殺人未遂容疑にこだわる県警の溝が容易に埋まらなかった。「何としてもヒ素を絡めて強制捜査したいが、地検と調整がつかない」。業を煮やした県警は、冒頭の協議前日に米田壮本部長が高検に直談判に乗り込んだ。

 「ヒ素関連の殺人未遂の捜査を詰めろ」。協議で高検主導の捜査の流れが決まると、半月遅れの10月4日にXデーを迎え、カレー事件捜査への扉が開いた。「歴史的な捜査になる」と高検は中村雅臣公安部長を現地に送り込み、陣頭指揮を執らせた。黙秘の真須美被告は「自白しないだろう」と、捜査の柱は「真須美被告以外に犯人はあり得ない」との「消去法」だった。

 住民の証言を丹念に重ね合わせ、真須美被告が事件当日の午後0時20分ごろから約40分間、カレー鍋のそばに1人でいたことを特定。「他の住民が家から出て会社に行く道筋にヒ素を売ってる店はないか全部調べた」(捜査幹部)。ヒ素を混入できたのは真須美被告だけ、と結論付ける。世論を意識したXデーから約2カ月後、カレー事件での逮捕にこぎ着けた。

 事件から4年4カ月余り。真須美被告の公判は12月11日に和歌山地裁で判決を迎える。攻める検察。黙秘の被告。異例の展開を見せた事件を振り返る。(肩書は当時)

1 2 3 4 5