確証なき無差別殺人 毒物カレー事件判決(3)
ヒ素の同一性で攻防 ハイテク鑑定巡り

 世界最新鋭の大型放射光施設「SPring(スプリング)8」。兵庫県三日月町にある円周約1.4キロの銀色の巨大なリングが、毒物カレー事件捜査の鍵を握った。林真須美被告(41)の起訴が迫った1998年12月半ばの深夜。和歌山東署の捜査本部に1本の電話が入った。

 「ヒ素は同一と判明した」。ヒ素を鑑定した大学教授からだった。鑑定の対象はカレーに混入されたヒ素と、真須美被告宅のポリ容器などから採取したヒ素。鑑定に利用したスプリング8は、強い放射光を当てることで、物質の原子レベルの構造解析まで可能という。

 ヒ素はアンチモンやスズなどの不純物を含む。製造場所や時期が異なれば、その比率も違う。県警は真須美被告宅の台所などから、夫の健治受刑者(57)がシロアリ駆除業をしていた当時使っていた残りとみられるヒ素を押収。

 ハイテク施設での鑑定は「真須美被告のすぐ手の届く場所とカレー鍋に、同じ工場で同時期に製造された同じヒ素があった」ことを示していた。「間違いなく有罪に持ち込める」。捜査本部は沸き立った。「犯人は真須美被告以外にあり得ない」との捜査当局の見方を裏付けた“ハイテク鑑定”。その信用性は揺るぎないようにみえたが、公判では検察、弁護双方が激しくぶつかる最大の争点に浮上する。

 弁護団は同じ施設での再鑑定を請求。「別の研究者による再鑑定で同じ結果 が出れば、有罪は動かない」。大きな賭けだった。昨年9月に鑑定を実施、結果 が出たのは約2カ月後。「ポリ容器のヒ素は微量で(カレーのヒ素と)同一性を鑑定できない」とあった。

 真須美被告の周辺などで見つかった他のヒ素とカレーのヒ素の比較でも「同種」「類似」とするなど、「同一物」と断定した検察側鑑定より、控えめな表現に。「面 白い結果が出た。じっくり分析しよう」。弁護団の意気は上がった。

 だが、あいまいさを残した鑑定に地裁は、結論をより明確にするよう鑑定人に求めた。「補充書」さらに「訂正書」が提出された。最終的にポリ容器とカレーのヒ素の同一性について検察寄りの表現に変わった。

 「地裁が勝手に補充を命じたのは問題」。弁護団は反発した。「再鑑定では同一と断定されなかった」とあくまで主張。一方、検察側は「トーンダウンしたが、当方の鑑定と矛盾しない」と自信を深めた。

 犯罪捜査に初めて利用されたスプリング8。鑑定結果を司法がどう判断するのか。今後の科学捜査の在り方を問う試金石となる。

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