The Kyoto Shimbun News


03月15日(土)

水の都に400年

 暗闇の中に延びる石組みのトンネル。大阪市中心部の地下に、16世紀末に豊臣秀吉が大坂城築城に伴う町づくりの一環で整備した下水道「太閤下水」が今も残っている。素掘りの溝に石垣の護岸。広いところで幅約3・6メートル、明治時代にふたがされ、溝の床をコンクリートで固めたものの、天井まで約2メートルある。現在も約20キロが現役の下水道として使われている。

 秀吉の時代にはそのまま近くの川に流されていた下水は、今は下水処理場へ。しかし、現代の下水処理も完全ではない。東京、大阪といった大都市では、雨水と下水を同じ下水管で集める「合流式」がほとんど。降雨で水量が増すとほぼ未処理の下水が河川に流れ、水質汚濁の原因となる。

 国土交通省下水道部は合流式の改善を最重要課題の一つとして昨年11月、改善技術の開発プロジェクトを本格的にスタートさせた。さらに何百年後の水環境を守るため、早急な技術開発が待たれている。

写真=16世紀に整備され、今も現役で使われている下水道「太閤下水」。壁面には豊臣秀吉時代の石組みが今も残る=大阪市中央区農人橋

バックナンバー

[ 閉じる ]

Copyright(c) 2003 The Kyoto Shimbun Co.,Ltd. (著作権は京都新聞社ならびに一部共同通信社に帰属します)