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秀吉の「幻の城」、市民が探求 京都・伏見でグループ発足

考える会が指月城の大手門として使われていたと推測する石の前で説明を聞く桃山高生たち(京都市伏見区)
考える会が指月城の大手門として使われていたと推測する石の前で説明を聞く桃山高生たち(京都市伏見区)

 安土桃山時代に豊臣秀吉が現在の京都市伏見区桃山町に造営した「指月(しげつ)城」について学ぶ住民グループが昨年末に発足した。指月城は「幻の城」とされ、かつてはその存在の有無を巡る議論さえ引き起こした。住民は地元で地質学や歴史を学ぶ高校生も巻き込み、フィールドワークや講演会などを通じて市民に理解を深めていく。

 指月城は、秀吉が隠居のため観月の名所と言われた指月の丘に1592年から整備を始めた。文禄の役の講和使節を明(みん)から迎え入れるため城郭を拡大したが、96年の慶長伏見地震で倒壊し、近くの木幡山に移転。すぐに埋め戻されたため、所在など不明な点も多く「幻の城」と長く言われてきた。近年の発掘調査で城の跡地である桃山町泰長老周辺から本格的な石垣や堀、多数の金箔(きんぱく)瓦などが見つかり、その存在が確実になった。

 一方で、城の境界線や天守閣の位置などはまだ確定していない。「実態を正確に把握し、歴史的評価をしたい」と泰長老在住の住民有志らが「伏見指月城を考える会」を結成した。

 これまで会員たちは地元の桃山高グローバルサイエンス部の生徒らと一緒に2回、現地を歩き、会が城の境界線と考える段丘などを確認した。参加した生徒(17)は「教科書にも載っておらず意識して歩いたことはなかったが、歴史とつながっていると知って面白かった」と話していた。

 今後も調査と並行してシンポジウムなどを開催していく。代表の北村正義さん(81)は「今はまだ地震でつぶれた城としてしか認識されていない。存在を広く知ってもらいたい」と話している。

【 2019年06月07日 14時51分 】

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