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自然石だけで石室築造 古墳出現期で初の発掘例、京都・向日

五塚原古墳から見つかった河原石積みの竪穴式石室(向日市寺戸町、市埋蔵文化財センター提供)
五塚原古墳から見つかった河原石積みの竪穴式石室(向日市寺戸町、市埋蔵文化財センター提供)

 国史跡乙訓古墳群の一つで、古墳時代初期の大型前方後円墳「五塚原(いつかはら)古墳」(京都府向日市寺戸町)から、河原の石を積み上げた竪穴式石室が見つかり、向日市埋蔵文化財センターが6日、発表した。古墳が出現し始めた時期に、加工をしていない自然石だけで大型前方後円墳の石室を築造していた発掘例は初めて。埋葬の実態を示す新たな手がかりになるという。

 竪穴式石室は後円部の中央から確認された。長さ6・2メートル、幅1・3メートルの長大な規模だった。石室上部までの調査のため深さは未確認で、推定1・5メートル以上とみられる。地元の川で採取した30センチ程度の石を重ねて垂直の壁を築き、上部を天井石と粘土で覆っていた。一部は自然崩壊していた。

 ほぼ同時期の前方後円墳の石室は、中山大塚古墳や黒塚古墳(いずれも奈良県天理市)で発掘されている。それぞれの石室は、板状に削った石を積み上げたか、河原の石など自然石と組み合わせて作られていた。古墳出現期は、この形式が各地で採用されたと考えられていた。

 今回の調査では、弥生時代終わりから古墳時代初めごろの土師器(はじき)の破片も初めて出土した。石室を埋めた後に地上で行った祭事で使われた可能性がある。想定されていた築造時期が裏付けられ、邪馬台国(やまたいこく)の女王・卑弥呼の墓説がある箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)と同時期の3世紀半ばであることが確実となった。大型前方後円墳としては最古級になるという。

 築造の時期や大規模な石室が明確になったことなどから、センターは「ヤマト王権の一翼を担った主要な人物が埋葬されていたのではないか」としている。発掘は、国史跡指定後の継続調査で、埋蔵施設を確認するために市教委が昨年7~11月に実施した。すでに埋め戻されており、調査内容は向日市寺戸町の市文化資料館で7日から始まる成果展で紹介する。

【 2019年09月07日 09時00分 】

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  • 五塚原古墳から見つかった河原石積みの竪穴式石室(向日市寺戸町、市埋蔵文化財センター提供)
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