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逆境克服「京都の誇り」 フィギュア宮原、初の五輪切符

女子で優勝し、観客から祝福される宮原知子=武蔵野の森総合スポーツプラザ
女子で優勝し、観客から祝福される宮原知子=武蔵野の森総合スポーツプラザ

 フィギュアスケートの全日本選手権で23日、女子シングルの宮原知子選手(19)=関西大2年、京都市中京区=が4連覇を果たし、平昌冬季五輪代表入りを決めた。けがを乗り越えてつかんだ栄光に恩師や関係者から喜びの声が相次いだ。

 中学3年間と高校1年時に担任を務めた関西大中高の松村湖生(こお)教諭(42)は事前に、大阪市淀川区の宮原1丁目交差にある「宮原1」の看板を撮影、「縁起が良い」とメールで激励していた。宮原選手からは「ドキドキするけど会場の雰囲気を楽しみたい」と本番前に返信が届いたという。自宅で教え子の勇姿を見守った松村教諭は「今まで以上に感情が前に出て、気合が入っていた。五輪という小さいころからの夢がかなって良かった」と話す。

 立命館小(京都市北区)時代の担任だった岩下修教諭(68)は、優勝を決めた宮原選手とリンクサイドで握手を交わした。「知子さんの涙を初めて見た。ひたむきに自分を信じ、逆境を突破した。平昌の氷上と表彰台でも凜(りん)とした花を咲かせてほしい」と喜んだ。

 同志社大4年の時に1968年グルノーブル冬季五輪に出場した岡本(旧姓石田)治子さん(72)は「少しのミスが響く全日本で、きちっと滑りきったことが素晴らしい。努力のたまもの。けがをした時もできることを精いっぱいやっていたので、良い結果が出ると思っていた」とたたえた。

 今大会には京都にゆかりのある多くの選手が出場した。府スケート連盟の山下透理事(56)は「京都出身の五輪出場は初めて。京都の若いスケーターたちにとっても励みとなる快挙。五輪では楽しんで滑ってほしい」とエールを送った。

 自宅にいた母裕子さん(48)は「怖くてテレビを全然見られなかった」といい、家族から吉報を受けた。「あの子のスケートに向かう覚悟は本当にすごいものがあったので、夢につながるといいなと思っていた。4歳からスケートを始めて、こういう日を迎えられてよかった。娘を誇りに思いたい」と胸をなで下ろした。

【 2017年12月23日 23時13分 】

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