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コラム凡語:戊辰戦争

 鳥羽・伏見の戦いに始まる1868年の戊辰(ぼしん)戦争で最後まで新政府軍に抵抗した旧会津藩は「賊軍」とされ、藩士は下北半島(青森県)へ移住させられた▼流刑も同然で、痩せた火山灰地で寒さと飢えに苦しめられた。その艱難辛苦(かんなんしんく)は「ある明治人の記録」(中公新書)に詳しい。会津藩士の家に生まれた柴五郎氏(1859~1945年)の晩年の聞き取り記録である▼白虎隊(びゃっこたい)が壊滅した会津若松の戦いで、祖母と母、姉妹が自ら命を絶った。柴氏は捕虜になり下北へ。ワラビ粉を食べて生きのびた。明治150年の半面は戊辰150年でもある▼柴氏はその後、苦労して軍人となり大成する。だが、維新の核になった薩摩と長州への憎悪は持ち続けた。会津藩士が餓死し絶えれば「薩長の下郎藩士ども」に笑われる、それだけはごめん、という一心だったと語っている▼安倍晋三首相が自民党総裁選への出馬を表明した際、薩長同盟を引き合いに出した。記者会見場に選んだ鹿児島県と、自らの選挙区がある山口県へのリップサービスだったに違いない。会津や東北のことは頭の端にも浮かばなかったのだろう▼身内を大切にする安倍氏らしい発想だが、首相には考えや歴史観が違う人々をまとめる責任がある。「賊軍」の歴史にも思いをはせる度量がほしい。

[京都新聞 2018年08月30日掲載]

【 2018年08月30日 16時00分 】

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