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村唯一の医師、高齢化と向き合う 京都、顔見える関係築く

耳の聞こえにくい患者の隣に座り、「変わりないか?」と声を掛ける竹澤さん(左)=南山城村野殿の集会所
耳の聞こえにくい患者の隣に座り、「変わりないか?」と声を掛ける竹澤さん(左)=南山城村野殿の集会所

 団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、医療と介護の需要が大きくなる「2025年問題」に向け、在宅医療の普及などに比重を置く「地域医療」への転換が進んでいる。最前線で訪問診療などを担当する若手医師の姿を通し、高齢化社会への向き合い方を考える。

 血圧計や採血道具といった最小限の機器と薬を車に積み、早朝に診療所を出発した。「崩土注意」の看板が立つ曲がりくねった山道を上り、中腹の集会所に到着。京都府南山城村で唯一の診療所医師、竹澤健さん(41)は机に機器を置き、待ちわびた80代の女性5人に声を掛けた。「おはよう。変わりないか?」

 聴診器を当て、雑談で健康状態を探る。「もう畑はやってへんのか?」「やめた。体がかなんわ」。週4日、集会所での出張診察と歩いて行けない人への訪問診療を行う。出張診察は50人、訪問で70人を2週間で一巡する。住民の2人に1人が65歳以上の村だけに、患者の大半は80代だ。

 病気の完治を追究する研究室から、高齢の在宅患者の健康状態に目を配る地域医療に転身して、6年になる。米国の大学で肺がん研究の第一人者の下で研究に没頭していたさなか、父の病態が急変。村の医師は2000年代には父だけになっていた。電話で切々と後を継ぐよう訴えた村長をはじめ、「無医村になってしまう」という住民の危機感も転身を後押しした。

 医療機器に恵まれた大病院の経験しかなく、当初は「診療所でできることはほとんどない」と戸惑った。しかし地域を回るうち、患者と語り合うことの方が意味があると強く思うようになった。「顔の見える」関係を築き、患者の変化をいち早くとらえて専門医へつなぐかかりつけ医の役割に徹している。

 耳の聞こえにくい患者には隣に座って肩を抱き、耳元に顔を近づけて診る。文字通り、患者に寄り添おうとする。膝が痛いと外出を嫌がる人を、「寝たきりになったら嫌やろ」と診察中に外へ連れ出し、散歩をともにすることもある。

 国は病院の療養用のベッド数を減らし、高齢者が自宅で簡易な治療を受けながら、やがて家族にみとられて一生を終える医療の姿を描く。しかし、多くの患者は完治を求め、病院の高度な専門医療を望む。

 自宅で診察を受けた伊藤ミサ子さん(89)は、腹部をさすり、「手術をしたって治らへん。この年になって心残りは何もない」とつぶやいた。竹澤さんは「そうやな。治らへんな」と優しくうなずいた。

 医師なら「頑張りましょう」と励ますと想像した記者に、帰路の車中で竹澤さんが答えた。「年を取れば身体と内臓の機能は衰え、誰もがいつか死ぬ。患者を納得させず、注文通りに医療や投薬を行うのは、医師が楽をしているだけだ」

 多くの患者が望む自宅でのみとりも広がらない。症状の厳しさや家族の事情で自宅が難しいケースはあるが、国の意識調査では半数が、そもそもどこで最期を迎えたいかを家族と話し合ったことがなかった。

 「希望を家族と共有していなければ死後にかなうはずがなく、『死』をタブーにしてはいけない」。患者と常に寄り添っているからこそ、最期に向けた話は本人や家族に重みを持つ。竹澤さんは「少子高齢化の先進地」と言える南山城村で、老いと向き合う覚悟を問い掛ける。

【 2018年09月27日 12時00分 】

ニュース写真

  • 耳の聞こえにくい患者の隣に座り、「変わりないか?」と声を掛ける竹澤さん(左)=南山城村野殿の集会所
  • 車から医療機器と薬を持ち出し、訪問宅へと向かう竹澤さん(左)ら=南山城村南大河原
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