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「これはもう駄目だ。危ない」 闇夜の避難判断、揺れた住民

3人が死亡した施福寺集落の土砂崩れ現場(7月7日午後1時15分ごろ、綾部市上杉町)=小型無人機から
3人が死亡した施福寺集落の土砂崩れ現場(7月7日午後1時15分ごろ、綾部市上杉町)=小型無人機から

 京都府綾部市上杉町の中山間地、24世帯が暮らす施福寺集落。小康状態だった雨は7月7日に日付が変わると、豪雨に一変した。猛烈な雨音に混じり、沢から石が流れる音が聞こえる。市は午前1時45分に全市に避難指示を発令。同2時半、集落に住む塩尻佳代さん(55)は、水路が濁流に変わり、そばの小道をみるみる削っていくのを勝手口から目の当たりにした。「これはもう駄目だ。危ない」

 「大丈夫やって、うちは」と言う夫と義父を説得し、車で避難所に先行させた時には午前3時を回っていた。水・食料をまとめ、別の車で出発しようとした同4時18分、近くに住む稲葉英子さん(76)に電話をかけた。「道が崩れた。うちは避難しますが、一緒に避難しませんか」と言うと、しばらくして、夫・利夫さん(80)が英子さんに「そんなことになっとんか。よっしゃ、わしらも行こう」と話す声が電話越しに聞こえた。英子さんが「じゃあ、私たちも行くわ」と答えた直後、「ガッ」という異音が聞こえ、電話が切れた。裏山で土砂崩れが起きた瞬間だった。

 崩落は幅25メートル、高さ25メートルに及んだ。おびただしい土砂が稲葉さん宅を直撃し、夫妻は倒壊した家屋の下敷きになって死亡。隣家も土砂に飲まれ、2階建て離れの1階にいた笹井孝信さん(36)も亡くなった。

 塩尻さんは埼玉県育ち。施福寺集落に嫁いで来た29年前、裏山で砂防工事が始まった。「(山がない)関東平野の出身だったので、山は怖いと考えていた。あの時もっと早く電話をかけていれば」。集落で、避難した人はごく少数にとどまる。住民の大半は就寝中か、雨音で目覚めたものの、周囲の状況におびえ、自宅から動けなかった。塩尻さん一家ですら、国道が冠水していたため避難所にはたどり着けず、車中で不安な一夜を明かした。

 笹井さん宅から坂道を上がって3軒目の家に一人暮らしする稲葉郁子(ふみこ)さん(62)は、豪雨の3週間前、地域の防災教室で「避難指示」の意味を学んでいた。だが、闇夜の中、急な坂道を下りる不安もあり、一人で判断がつかないまま、雨が強まっていった。「ここは大丈夫と思ってしまった」

 豪雨から約3カ月後の9月30日、台風24号が府北部を襲った。綾部市全体で避難した人は114人(自主避難者除く)と0・3%にとどまり、豪雨前と大きく変わらなかった。一方、施福寺集落では、郁子さんを含め、住民の3分の1に当たる少なくとも18人が、集落内の公民館や避難所の東八田小に早めに避難した。郁子さんは言う。「あの豪雨で犠牲になったのは私だったかもしれない。教訓を生かさないと、亡くなった方たちに申し訳ない」と。

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 <連載 豪雨の教訓 京都府北部の現場1> 7月、西日本豪雨が京都府を襲った。記録的な雨は山を崩し、川を氾濫させ、5人の命と多くの人の暮らしを奪った。豪雨が私たちに突きつけた教訓とは何だったか。府北部の現場を検証する。

【 2018年10月24日 15時28分 】

ニュース写真

  • 3人が死亡した施福寺集落の土砂崩れ現場(7月7日午後1時15分ごろ、綾部市上杉町)=小型無人機から
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