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40年目の転機、拷問の苦しみ同胞に語る スパイ捏造事件

暗いトンネルを抜けると、北スパイ摘発の拠点だった韓国中央情報部5局の建物が待ち構えていた(ソウル・南山)
暗いトンネルを抜けると、北スパイ摘発の拠点だった韓国中央情報部5局の建物が待ち構えていた(ソウル・南山)

 金勝孝(キムスンヒョ)(68)の転機は、連行から40年目に訪れた。4年前の10月、京都市右京区でお好み焼き店を営むいとこの河勲(ハフン)(67)の店に、桂高時代の同級生姜鐘健(カンジョンゴン)(67)が来た。新聞を見せた。「韓国で京都出身の姜鐘健さんに再審無罪」とあった。勝孝も同級生。「勝孝君に会いたい。居場所を知らないか」。河はすぐに勝孝の兄勝弘(76)に電話した。

 姜も1975年、韓国留学中にスパイ容疑で逮捕され服役した。2014年に再審無罪判決を受けた後、同じ境遇で苦しむ同胞の救済に乗り出していた。

 数日後、自宅で勝孝と対面した姜は「自分を知ってるやろ」と、新聞記事を見せて説明した。最初は警戒していた勝孝だったが、突然「カン・ジョンゴンさんや!」と思い出し、韓国語で話し始めた。「無罪を勝ち取らな腹の虫収まらんやろ」「そうや」。同じ経験をした者同士。共鳴したのか、40年前に止まったままの心の時計の針が、再び動き出した。

 少しずつ事件を語り始めた。兄が1カ月かけて根気よく聞き出した。想像を絶する艱難(かんなん)辛苦が、弟の身に起きていた。

     ◇

 あの日、勝孝は南山の韓国中央情報部(KCIA)に連行された。薄暗い地下通路には小部屋が並び、中からおぞましい叫び声が聞こえてきた。取調室に入ると、いきなり裸にされ、拳や棒で殴られ蹴られた。気を失うと水をかけられた。それが何度も何度も繰り返された。

 「スパイしたやろ」。耳元で怒鳴られた。木の台に寝かされ、顔にやかんの水を注がれた。否認を続けると、男たちは指の先に電極の針を差し込み、手動ハンドルでモーターを回した。電気ショックで失神した。

 眠らせないように強烈な照明で照らされる部屋。食事は朝夕の2回、食パン2切れとわずかな飲み物のみ。意識がもうろうとする中、「認めたら明日にも出してあげる」とささやく捜査官。拷問は20日間も続いた。最後は、3人がかりで指をつかまれ、でっち上げの調書に母印を押させられた。新たな「在日政治犯」が出来上がった。

 暴力は刑務所でも続いた。本国の受刑者から「なぜ在日がこの国でスパイ行為をするんだ」とののしられ、いじめの標的にされた。身の潔白を訴えても届かない。絶望と、毎夜繰り返される陰湿な暴行。見て見ぬふりをする刑務官。別のスパイでっち上げ事件で同じ刑務所にいた在日被害者は、尊厳を完全に失い、放心状態で歩く勝孝の姿に心を痛めた。

 あの時代の韓国人の悪意の総体が、勝孝の魂を踏みつけた。苦しみを40年も一人で抱え込んでいた訳も、やるせないものだった。

 勝孝を連行する1年前、KCIAは東京から韓国の野党政治家金大中を拉致し、独裁国家の凶暴さを世界に知らしめた。81年に勝孝が仮釈放された時、KCIAの男が言い放った。「おまえの刑期はまだ残っている。日本で下手な言動をすれば金大中のように韓国に拉致してやる」

(敬称略)

 <連載 暗夜行 在日韓国人スパイ捏造事件2> 祖国に夢を抱き、その祖国に裏切られ、心までむしばまれた在日韓国人が、京都市内で息を潜めるように暮らしている。40年以上も前、独裁政権下の韓国で「北のスパイ」のぬれぎぬを着せられ投獄された。今夏、ようやく汚名をそそいだが、なお「韓国行ったらやられる」とおびえる。かつての国家暴力の牙が魂に突き刺さったまま、今も陽の道に踏み出せないでいる。

【 2018年11月06日 15時58分 】

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