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取り壊し寸前の茶室、保存へ 維新密談の「生き証人」と評価 

関係者に公開された大久保利通の茶室「有待庵」の内部(20日午前11時58分、京都市上京区)
関係者に公開された大久保利通の茶室「有待庵」の内部(20日午前11時58分、京都市上京区)

 京都市上京区の住宅解体工事現場で取り壊し寸前の状態だった大久保利通の茶室「有待庵」について、所有者と京都市が主要部材の保存方針を決め、20日に行政関係者や学識者らが現地を視察した。屋根や外装などは改変されているが、基本的な構造は幕末期と同じ状態で保存されており、歴史的価値の高い建物であることが確認された。

 所有する女性(69)と京都市の担当者は、6月上旬にも住宅工事を一時的に中断し、部材保存のための解体作業に入ることを決めた。市は「制度的な対応は難しいが、京都の文化遺産を大切にするために、できる限りのことを考えたい」とし、今後は調整役として部材を使った再現、移築の方法を検討していく。

 茶室を視察した京都大の奈良岡聰智教授(日本近代史)は「この茶室で、岩倉具視らとたびたび会談したという記録もあり、維新史の重要なシーンを目撃した『生き証人』と言える」と歴史的な意義を強調。約3畳の独立した建物が敷地奥に建てられている状況に「思ったよりも狭く、肩を寄せ合って密談していた往時が想像される」と語った。

 現場は1866(慶応2)年から68(明治元)年まで利通が使っていた旧邸跡に当たり、茶室は元々、薩長同盟が結ばれた小松帯刀(たてわき)の邸宅「御花畑(おはなばたけ)」にあり、移築されたと伝わる。府立京都学・歴彩館の平井俊行副館長は「台目畳という特徴的な畳が使われており、御花畑の絵図に記された茶室の構造と符合する。アカマツを使った床柱や、鴨居(かもい)などの部材も幕末期のものとみられ、御花畑から移築された可能性が高い」とみている。

 今月9日にたまたま工事現場で茶室の存在を確認し、記録や保存の方策を探ってきた歴史研究者の原田良子さん(52)は「所有者の方の好意もあり、保存への道が開けたことをうれしく思う」と話した。保存の動きを知った利通のひ孫利泰(としひろ)さん(84)は「1959年に旧邸を手放した後、ずっと気になっていた。関係者には感謝しかなく、移築された姿をひと目見てみたい」と心待ちにしている。

【 2019年05月20日 22時30分 】

ニュース写真

  • 関係者に公開された大久保利通の茶室「有待庵」の内部(20日午前11時58分、京都市上京区)
  • 昭和初期に撮影されたとみられる有待庵(大久保利泰さん提供)
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