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紫香楽宮最大級の建物跡発見 滋賀、大仏関連施設か

東山遺跡で見つかった東西に4列に並ぶ紫香楽宮関連施設の遺構とみられる柱穴跡(甲賀市信楽町黄瀬)=市教委提供
東山遺跡で見つかった東西に4列に並ぶ紫香楽宮関連施設の遺構とみられる柱穴跡(甲賀市信楽町黄瀬)=市教委提供

 滋賀県甲賀市教育委員会は20日、周囲に多くの紫香楽宮関連遺跡がある同市信楽町黄瀬の東山遺跡で、南北約27メートル、東西約15メートルの範囲で掘っ立て柱を埋め込んだとされる34カ所の柱穴跡の列が見つかったと発表した。近くの宮町遺跡(同町宮町)で見つかった宮殿跡など中枢施設に匹敵する最大規模の建物跡で、紫香楽宮が離宮だった頃の宮殿か大仏造立の関連施設の可能性があるとしている。

 見つかったのは、南北は2・9メートル間隔で10列、東西は4・5メートル~5・9メートル間隔で4列の柱穴跡。柱を据えるために掘った柱掘方が、中央2列は平均で1辺1・2メートルほど、外側2列はそれより小さく、南北に細長い屋根で東西に廂(ひさし)が伸びる構造の建物と想定できるという。床を支える束(つか)柱の跡もあり、全面床張りだったとみている。土器などの遺物の出土がなく、建物の性格は不明。

 紫香楽宮は742~45年に聖武天皇が築いた。東山遺跡は新名神高速道路信楽インターチェンジに近い丘陵地にあり、7~9月の試掘で大型柱穴跡が見つかり、10月から追加調査を進めていた。北約1・5キロに宮町遺跡、南約300メートルに大仏造立が伝わる甲賀寺跡がある。東側には大規模な鋳造設備遺構がある鍛冶屋敷遺跡、北側に道路遺構などが発見されている。

 栄原永遠男大阪市立大名誉教授(日本古代史)は「紫香楽宮は短期間だったが多くの施設が作られ、周辺にいろいろな遺跡が眠っている可能性が高まった。聖武天皇が片手間でなく懸命に都を作ろうとしていたことが分かる」と話す。

【 2017年12月20日 21時50分 】

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