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関ケ原の戦いたどるため?将軍上洛時は彦根が定宿 専門家が分析

江戸時代、彦根城が将軍上洛の宿泊所として使われていた背景を語る野田さん(彦根市芹橋2丁目・旧磯島邸)
江戸時代、彦根城が将軍上洛の宿泊所として使われていた背景を語る野田さん(彦根市芹橋2丁目・旧磯島邸)

 講演会「徳川将軍宿泊所としての彦根城」が18日、旧彦根藩足軽屋敷辻番所・旧磯島邸(滋賀県彦根市芹橋2丁目)であった。彦根城が将軍上洛の宿泊所に使われた背景を探った。

 立命館大非常勤講師で元彦根城博物館学芸員の野田浩子さんが講演し、市民ら約40人が参加した。

 野田さんは上洛について、家康の時代は江戸城を出発して東海道を通っていたが、2代目秀忠が将軍職を継ぐための慶長10(1605)年の上洛からは、関ケ原沿いの中山道の支街道を使って彦根城に泊まるようになったと説明。「天下を決めた関ケ原の戦いの足跡をたどる狙いがあったのでは」と理由を推測した。

 また、その前年に幕府の土木担当者が彦根城を見学に訪れ、「来年は将軍の上洛がありそうだ」と報告していた史実を紹介。「将軍の宿にふさわしいかどうかを確認に来た」と解説した。

 上洛の際、家臣が泊まった屋敷の位置も文献で紹介し、参加者らが熱心に耳を傾けた。

【 2019年08月19日 14時26分 】

ニュース写真

  • 江戸時代、彦根城が将軍上洛の宿泊所として使われていた背景を語る野田さん(彦根市芹橋2丁目・旧磯島邸)
岸田繁 交響曲第一番・第二番 連続演奏会 2019.10.5

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