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京都のパン好き、その訳は? 百年前から暮らしのひとこま

昔ながらの対面式で販売するパン屋さん。「何にしようか迷うわ」「焼きたてですよ」と会話が弾む(京都市中京区・天狗堂海野製パン所)
昔ながらの対面式で販売するパン屋さん。「何にしようか迷うわ」「焼きたてですよ」と会話が弾む(京都市中京区・天狗堂海野製パン所)

 昔ながらの対面式販売を続ける「天狗(てんぐ)堂海野製パン所」(京都市中京区壬生中川町)は毎日午前11時半ごろなると、なじみの客でにぎわう。小ぶりのコッペパンにエビフライや焼きそばを挟んだサンド類や食パンなどが次々と売れてゆく。

 「ここのパンやったら食べられる」と毎朝訪れる人。離乳を迎えた赤ん坊に初めてのパンを買う母親もいれば、「死ぬ前に食べたい」と病床からリクエストするお年寄りも。日々の暮らしにごく自然と寄り添うパンの存在に、創業者の孫で現在の店を切り盛りする海野謹子さんと夫の滋さんは「近所の人たちで支えてもらっています」。

 ■消費量は全国トップクラス

 総務省家計調査によると、京都は2010~15年の6年間で3度にわたってパンの消費量が全国1位で、平均の約1・4倍食べている。京都市内の小売店舗数も220店と多く、市内各所にパン屋がある。近場で焼きたてを食べられる条件がパン好きを生んでいるのかもしれない。

 大正11(1922)年に開店した天狗堂は、京都で最も早い時期に誕生したパン屋の一つ。パンが一般庶民に広がったのは米の価格急騰に伴う全国的な米騒動(1918年)とも言われる。米の代用食としてパンが注目された時、いち早く取り入れた「新しもの好き」の気質もパン好きの要因ともされる。

 ■織物職人たちの夜食に

 パンの黎明期(れいめいき)に京都で生まれた小さなパン屋がもう一軒ある。大正8(1919)年創業の「大正製パン所」(上京区今出川通千本東入ル)。最初の数年間は天狗堂の創業者も一緒に働いていた。

 西陣にあるこの店をかつて支えたのは西陣織の職人たちだった。今も店には「番重(ばんじゅう)」と呼ばれる木箱があり、「私が嫁いできたころ、お母さんがこの箱にパンを入れて職人さんたちに夜食を届けてたんですよ」。3代目の妻河戸晴美さんが教えてくれた。

 「そういえば、母がよくパンを買ってきてました」。西陣の引き箔(ばく)職人西村直樹さん(35)のおやつの思い出は「パイ生地にクリームとイチゴが入っていたパン。とにかくよく食べました」。職人は忙しい。気軽に食べられる利便性が普及につながったともされ、直樹さんは「家事と家業に忙しかった母親の強い味方がパン屋さんだったのかも」。職人の街とパンがつながる。

 河原町今出川で100年近く続く時計屋を営む山田知枝さんもパン好きの1人。「ちょっとした仕事だと、お代をいただかないこともある。そしたらお礼にってパンを持ってきてくれるお客さんも結構多いんです」。気持ちを込めたお返しにもパンが登場する。この街に根づくパン文化が垣間見えた。

【 2017年10月19日 19時57分 】

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