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井伏、国策に独自の“抵抗”  幻の短編小説、研究者ら注目

井伏鱒二
井伏鱒二

 昭和を代表する作家井伏鱒二(1898~1993年)の日本未発表の短編小説がこのほど、第2次世界大戦中の中国・上海で発行されていた雑誌「大陸」の中に見つかった。国策や時局と距離を置き続けた井伏の姿勢がうかがえる内容に、研究者らは「戦時下の日本文学研究を刺激する新発見だ」と注目している。

 掲載を確認したのは北京外国語大の秦剛(しんごう)教授。国際日本文化研究センター(京都市西京区)の海外共同研究員でもあり、旧植民地における日本文学研究の一環として北京の中国国家図書館で調査していたところ、日本語の総合雑誌「大陸」に行き当たった。

 日本の国会図書館にも収蔵されていない雑誌が、1944年11月の創刊号から45年5月号まで合本の状態で見つかったという。44年12月号に掲載されていた井伏の短編は「饒舌(じょうぜつ)老人と語る」と題され、執筆当時に疎開していた山梨県を舞台にしている。

 犬とオオカミの交雑種「狼犬」を見ようと動物園を訪れた「私」が、居合わせた老人の数奇な人生の物語に聞き入る内容。秦教授によると、当時の甲府の動物園には実際に満州のオオカミと甲斐犬を交配した狼犬がいて、民族共存を掲げて大陸支配を正当化した日本の姿と重なり合うという。

 ところが狼犬は「肉食動物ですから、時局に即応して、他の猛獣といっしょに整理されました」とつづられ、象徴の殺処分まで至った時局の悪化が暗に示される。秦教授は「検閲の厳しかった内地に比べ、やや自由な表現が可能だったのではないか」と関心を寄せる。「大陸」には武田泰淳や丹羽文雄、壺井栄らの小説、随筆も掲載されており、「外地で日本文学がどのように発表され、読まれたのかを研究する資料になる」と話す。

 「井伏鱒二と戦争」の著者で筑波大名誉教授の黒古一夫さんは「実際の出来事に虚構を重ね合わせていく手法は『黒い雨』や『ジョン万次郎漂流記』などと共通する」と読み解く。その上で「たんたんとした日常の中に、戦争の影や失われた平和への思いがにじみ出た作品。時局に迎合するのでもなく、声高に反戦を叫ぶのでもない、当時の文学者としては希有(けう)な井伏さんならではの『抵抗』の形が浮かび上がる」と今回の発見を評価する。

 井伏作品を含む「大陸」掲載作品は、4月刊行の文芸誌「早稲田文学」に収録される予定。

【 2018年02月08日 09時16分 】

ニュース写真

  • 井伏鱒二
  • 雑誌「大陸」に掲載された「饒舌老人と語る」(部分、秦教授提供)
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